SSRIの副作用報告がいくつか届いていますが、公開はのちほどということで、今回は、抗うつ薬の効果と副作用について考えます。



ベル型曲線

病気とその治療薬による副作用については、薬剤というものがある以上、永遠のテーマだろうと思う。

 抗うつ薬の場合、たとえばパキシル(パロキセチン)を飲んで、ある人は、本当に素晴らしい薬であり、命を救われたと言うかもしれない。が、一方では、パキシルを飲んで死にかけた、という人もいる。

 チャールズ・メダワー氏の講演記録にはこんな箇所がある。

パキシルの場合(そして、おそらくは他の抗うつ薬についても同様)、効果を受ける人と、害を受ける人の分布は、ベル型の曲線をたどるだろう。

 つまり、ごく少数の人にとっては非常に効果的であるが、別の少数の人にとっては非常に害があり、まれに致命的な被害を受ける。そして、ベル型の中央に位置する大部分の人たちは、その薬を飲んでも飲まなくてもほぼ同じ程度まで回復したと思われる。



 また同じ講演録によれば、抗うつ薬が真に有効なのは、5人に1人である、ということだ。



 それならもし、ベル型が中央でシンメトリーだったとしたら(氏はそのことについては触れていないが、ベル型という限りは、両端にそう大きな違いはないと思われるので)、「服薬によって非常に被害を受ける人」も5人に1人くらいはいるということになる。

 うつ病患者100万人として、効果があるのは20万人。重い副作用があるかもしれない人、20万人。そして、飲まなくても回復したであろう人が60万人(しかし、この中には、軽度の副作用経験者も含まれているはずだ。なぜなら、パキシルの副作用発現率は、軽度のものも含めて68.5%もあるのだから)。

 理屈から考えれば、薬によって恩恵を受けるであろう人だけが、抗うつ薬を飲めばいいのである。それがいまの精神医療では、100万人のうつ病患者、ほぼ全員に抗うつ薬は処方されている。そして、20万の人々が、重篤な副作用に苦しんでいるというわけだ。(もう一度言うが、この数字はあくまで私の推論である)。



抗がん剤・イレッサの薬害

 ここで、肺がん治療薬、イレッサの副作用・薬害について考えてみたい。

イレッサは、「副作用が少ない夢の新薬」といううたい文句で、2002年7月、世界に先駆けて日本で承認された肺がん治療のための抗がん剤である。「夢の新薬」……どこかで聞いたようなうたい文句であるが、発売後わずか数カ月で、副作用の問題が露見した。

10月には、緊急安全性情報「ドクターレター・イエローペーパー」が出されている。

それによると、7月から10までの間、約7000人の患者に投与され、副作用の被害は22例(うち死亡例11例)が報告されている。

死亡者数はさらに増え、翌年2月までに173人。

その後の厚生労働省の発表によると、発売された2002年は、半年間だけで、387人の副作用報告があり、間質性肺炎などの重い副作用によって180人が死亡。

 2004年には遺族が国と製薬会社(英アルトラゼネカ社)を相手取って損害賠償を求める訴訟を起こしている。

今年結審したが、判決は来年の予定である。しかし、2003年の被害報告(死亡者数)をピークに、被害の数は減少し続けているのだ。

というのは、裁判を契機に(判決が出ていないにもかかわらず)見直されたことが多いからだ。

まず、イレッサの使用法が大きく変わった。当初はどんな医師でも処方でき、経口薬のため、手軽に自宅で治療が始められたが、今では使用を専門医に限定、4週間は入院など厳重に観察できる状態で使うよう添付文書に明記された

また、特定の遺伝子に変異があるなど、薬が効くタイプの患者かどうか事前に検査して使うことも一般化した。

また「市販後全例調査」も義務付けられた。この「全例調査」は薬品についての安全対策に備えるため、有効性と安全性の継続調査を国が企業に義務づけるもので、それまでイレッサについてはこれが適用されず、使用者数さえ不確かだった。

ちなみに、2003年~2008年に全例調査を付された薬は73品目。うち4分の1が抗ガン剤である。

判決が出ていないにもかかわらず、いくつかの改善によって、被害数は確実に減っていったものと思われる。



イレッサから学ぶもの

翻って、再び向精神薬(とくにここでは抗うつ薬については)について考えてみたい。

抗うつ薬についての副作用報告については、まったくもって絶望的である。患者が医師に訴えても、医師はまったく耳を貸さない、どころか、病状の悪化ととらえて、さらに薬を増加するということが通常まかりとおっている。

イレッサにおいても、使用当初は現場の混乱があり、医師サイドにも重篤な副作用の説明はなかったため、何が起こっているのかわからなかったという。そして、肺障害、間質性肺炎の症状を、急激に肺がんが悪化したのか、風邪をひいたのか、それとも結核か? カリニ肺炎か? 

そして結局は、イレッサ特有の副作用である間質性肺炎という重篤な症状の発見を遅らせて、取り返しのつかない事態となってしまった。


しかし、それでも発売後3ヵ月足らずでイエローペーパーが出ることになったのは、そこに検査、実証可能なエビデンスが存在したからである。

そして、医師は、副作用を「肺がんが悪化したため」などとせず、きちんとした副作用報告を行ったがゆえに、問題が数字として、表に出ることができた。

そこが向精神薬との決定的な違いだろう。

また、向精神薬は、イレッサのような急激な変化ではなく、じわじわと(しかし確実に)一部の患者を「悪化」(死に至らしめることもある)させていくという点においても、問題が表面化しにくい。

現在日本に1万2000人いるといわれる精神科医。彼らはその仕事においてどれくらいのうつ病患者を診ているのだろう。10人20人ではないはずだ。そして、多くの患者が口にする副作用についても、何度も何度も耳にしているはずである。5人のうち1人が訴える、重篤な副作用について、「なぜ?」と疑問を抱くことは一度もないのだろうか。患者自らが体を使って体験した副作用の報告を、「市販後の調査結果」として「貴重」と思うどころか、医師は一刀両断、原疾患の悪化とみなして切り捨ててしまっては、もはやこれは医療ではない。

 


 抗うつ薬の副作用については、医師側からの報告が期待できない以上、患者からの報告を逐一吸い上げる市販後調査の方策を模索すべきだが、実現の可能性はどうか……。(それで、微力ながら、本当に微力であるが、こうしてネットで呼び掛けているわけだ)。



 また、イレッサについては、4週間は入院など厳重に観察できる状態で使うこととされたが、抗うつ薬の添付文書にも、こんな言葉が書かれているのだ。


 本剤の投与量は必要最小限となるよう、患者ごとに慎重に観察しながら調節すること。

 投与後(状態が悪化した場合)は、患者の状態及び病態の変化を注意深く観察すること。



 書かれている以上、抗うつ薬は、こうしたことが守られた上での処方のはずである。しかし、日々の臨床の場において、実際行われている例がどれほどあるのだろうか。(守られていれば、救えた命、予防できた被害がどれくらいあっただろうか。)



 また、イレッサの投薬変更後は、薬が効くタイプの患者かどうか事前に検査すること、となったが、抗うつ薬の場合、それを探るのは、やはりきめの細かいカウンセリングだろう。

そして、医師は十分なカウンセリングの中から抗うつ薬が効くタイプを見分けなければならない。それが「専門家」と言われる精神科医の真の仕事であるはずだ。(そのために薬についての知識を積み重ね(そこにはもちろん、患者が訴える副作用を副作用と認める謙虚さも含まれる)、人間対人間というカウンセリングのスキルを磨くべきである。)

しかし、十分なカウンセリングを行っている医療機関など、添付文書を守っている医療機関同様、非常に少ないのが現実である。(そんなことをやっていたら、患者をさばき切れない? 経営が厳しくなる?)

 医師が観察を怠って、漫然と薬を出し続け、その結果、5人のうち1人に重い副作用が出るとしたら、しかもその5人の1人が、誰なのか、私なのか、あなたなのか、それは飲んでみなければわからないとしたら……。

 そんなかけまでして、抗うつ薬を飲むメリットはどこにあるのだろうか。(ある研究によれば、「うつ病というのは全体的に、治療のあるなしにかかわらず、最終的には回復する非常に予後の良い精神状態の一つである」という。1964年、NIMH米国国立精神保健研究所のジョナサン・コール)



 肺がん患者はわらをもつかむ思いでイレッサにかけた。

 うつ病患者はわらをもつかむ思いで抗うつ薬、とくにSSRIにかけた。

 イレッサを使わなければ、肺がんで死亡するかもしれない。

 抗うつ薬を飲まなければ、うつ病が悪化して、自殺してしまうかもしれない。

 しかし、どちらも違っていた。

 イレッサを使用した人がこんなことを言っている。

「がんに負けるなら仕方がないが、薬で死んだらどんなに悔しいだろう」


(抗うつ薬肯定論者は、自殺予防を口にするが、そうでないことは、自死遺族連絡会の統計結果が物語っている。つまり、自殺者の7割が精神科受診者であったと)。



 前回紹介した副作用の例でも、自殺企図が報告されている。

抗うつ薬の副作用によって死んだら、薬で死んだら、どんなに悔しく、そして語弊があるかもしれないが、馬鹿らしい。

ある女性から、「この記事を読んで自殺するのはやめようと思った」というメールをいただいた。

本当に、その通りである。薬で死んではダメである。本来のその人は生きたいと思っているのだ。しかし、向精神薬の副作用が本来のその人を殺してしまう。薬によって自殺をしたら、本来のその人はきっと、死んでも死にきれない。



 引き続き、SSRIについての副作用報告、お待ちしています。

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