家の片付けをしている時に
母親が自分の荷物をどこに置こうか
うろうろしながら考えていた。
私は母の荷物をどこに置くか考えている時に
自分の部屋があるんだから
迷うことなく自分の荷物は
自分の部屋に置けばいいのにと思いながら
自分の荷物をあちこちに置く母を見て
荷物減らせよ・・・・・と思うのである。
うちの母親は70歳で
第一次ベビーブームの5歳下世代だ。
1970年の東京オリンピックで
新幹線の開通や
家庭の三種の仁義の一つとされる
カラーテレビを手に入れて
家庭ごとの経済格差を感じていたそうだ。
物との付き合い方は
世代によってだいぶ変化している。
1980年代後半から
1990年代前半のバブル全盛期は
人々が物とお金に執着して
使えど使えど湧いてくるような泉のごとく
自身の物との付き合い方を軽視して
後にとても苦労するきっかけとなったようだ。
お金があるから物を買う。
その物との付き合い方を学ぶことないまま
親の親世代は逆に物がなく
物そのものに枯渇していた世代だから
物に対する価値観は「もったいない」
「まだ使える」「いつか使えるかもしれない」と
物に対する枯渇幻想を抱いている。
物が増えれば豊かになれる!
その幻想は人と物との
付き合い方を歪んだ関係にして
人の心を蝕むような構造に変わる。
増えれば増えるほど
豊かになると喜ぶ一方で
家の中で溢れた物に疲弊する日々。
片付かない。。
散らかっても
そのまま放置する。
放置するうちに
片付くことを躊躇する。
片付けないとならない状況におかれても
片づけられないまま過ごす。
親が残した家の片付け。
終活を知らないまま
子どもに残した家の片付け。
死んでも売れない家。
片付けていない家。
住みもしないのに
持っているだけの家。
持てば豊かになれると信じた
家はいまや大きなゴミになる。
片づけられない物と自分。
70代の母はその渦中にいる。

