カレの病は、血液を製造する部位の交換を要するもので、元々はA型であったのに、交換によりB型になった。
忽ち自己中(心的)な人物になったお陰で、益々私とは気の合う仲になっていた。
カレは私より7ツ年下で、初めて来店した時には、まだ20代だった。
遠く離れていた弟の三太郎と被るところがあり、私もカレに心を開いたし、カレも兄の様に慕ってくれた。
しかし、8年目を過ぎた辺りから、カレの症状は悪化の一途を辿り、1年の内の半分は入院生活が続いた。
それでも私とカレはメール等で連絡を取り合いながら、親交を重ねていた。
カレの父も偶に来てくれていたのだが、ある日、その父が泣きながら語りだした。
カレの父は、とても気丈で、見た目もほとんど極道者の様だった。
国内最高級車に、スイスの高級腕時計、派手な衣服に何十万もする革靴といった出で立ちで、私は秘かに『オヤブン』と呼んでいた。
そのオヤブンが泣きながら語りだしたのだから、思わず聞き入った。
「どうしたんですか?!」
「この間さぁ…」
オヤブンが言うには、体調が優れず健康診断を兼ねて精密検査を受けたところ、カレと同じ病に罹患していることが分かったと言う。
カレの母は、自分を中心に、カレの存在を恥じていた。
オヤブンの涙の意味は、自己憐憫なのだろうか…。そんな思いが脳裏を掠め、オヤブンを見ていると、照れ臭そうに先を語りだした。
「俺の…。俺の遺伝子が原因でカレ君が発病しちまったんだなぁ…。うっ、うっ。」
「そっ、そんな…」
「申し訳ない…。カレ君に申し訳ない…。代わってやりたい。俺はいつ死んでもいいから、まだ若いカレ君の人生を取り戻してあげたい…。ほんと申し訳ない…」
オヤブンは男泣きに泣いて、気持ちの丈を打ち明けた。
ほどなくして、オヤブンが入院したと聞いた。
私はお客が入院すると、大概は退院するまで、部屋宛に手紙を出す。
「親分、入院なさったと聞きました。可愛い看護士はいますか?紹介してください。」
その後カレの母は、怒り心頭に発し、二度と来店することはなくなった。
「もう!なによアイツ!病院にこんなハガキ送りつけたら、ヤクザと思われて体裁が悪いやないの!可愛い看護師って!エロオヤジみたいやないの!名誉毀損で訴えてやる!!」
凄い剣幕で怒鳴り散らして来た。
「申し訳ない。非常識ながら、どの客にも行う私なりのユーモアです。そんなにどう思われるかが気になりますか?どうぞ訴えてください。何事も経験です。」
オヤブンは大晦日を待たずに亡くなった。
何故だか懇意にしていた客は、火曜日辺りになくなる。そして通夜か葬儀には私が呼ばれる。
カレのお陰で、私の施術の幅も拡がり、丸太が、心太とまでは言わないが、十分に手で施術可能なレベルにまで解れる様になっていた。
しかし、もう一歩、あと一歩の所がうまくいかない。私は治療院でもない自分の立場を忘れて試行錯誤していた。
「なぁカレ。もう俺の施術では、限界じゃあないかな?随分と良くなったけど、最近は入退院も多いし、ちょっと知り合いの所、紹介するからさあ」
カレは黙って聞いていた。
そして、弟の三太郎の様に、ひとり含み笑いをしながら、ゆっくりと身体ごとこちらを向いた。
やはり、発声準備に、時間をかけて唾液を飲み込むと、こう言った。
「小太郎さん 僕は別に、治して欲しくないのです。僕はここに治してもらうために来ているのではありません。」
「え?」
「ここに来ているのは、ここに来るために来ているだけなのです。」
「治るために来ている訳ではないのだけれども、小太郎さんの、少しでも良くならないかと僕を思う気持ちを感じられるのだから。それだけです。」
そしてカレは、命尽きるは日まで、私のもとに通い続けてくれた。
そもそもは純粋な気持ちからの好意でも
人を助けようとしすぎると
助けたいという「欲望」が生まれてくる。
すると「なにがなんでも自分が助ける」と言う危険な『功名心』が現れる。
そして、いつの間にか、人の為の助けが、自分の(欲望を晴らす)為の助けになってしまい、そういう勝手な思い込みから、いろんな問題をもたらすことになりかねない。
そして結果助けることもできなくなる。