作家志望

大抵の人間であればきっと
聞き逃してしまうであろう、物云わぬ証人の
悲痛な叫びに耳を傾けながら、
彼は日々鬱蒼と過ごしているという。

一体、何が彼にそうさせるのか。
いや、はたまた証人が彼を選ぶのだろうか。

今宵は、そんな由々しき傍聴人
作家志望が語る、大学生時代に感じた
とある悲痛な叫びに関するお話、
である…




〜物云わぬ証人の叫び〜


ある晴れた日の昼下がり。

作家志望はいつものように、
どこにでもある某チェーンの喫茶店へ、
代数学のテスト勉強を兼ねた
漫画タイムを満喫すべく訪れた。

彼は専(もっぱ)ら珈琲党であるため、
なんちゃらミルクティーみたいな、
いかにもJK好みなラインナップには
目もくれない。

彼は一杯のブレンド珈琲を注文すると、
椅子取りゲーム並みに激しい店内の
角の席へ、無事リュックをすべらせた。

席は確保した。

安堵した彼の耳に、「65番の方」と、
まるで病院か監獄かのような呼び声に
ハッとし、自分が手にしているレシートを
見返し、引き渡しカウンターに向かった。




赤い頰の今時メガネ系女子が、
まさに淹れ終わった珈琲をお盆に載せて、
カウンター越しに手渡してくれた。

その時、ふと作家志望は、お盆に載せられた、
ある物に気がついた。

それは、使い捨てのマドラーであった。

昨今、マドラーを添えない喫茶店のほうが
珍しいくらいだが、作家志望はマドラーを
使わない派の人間であった。

親切心よろしく、作家志望はメガネ系女子な
店員さんに、マドラーを返した。

すると、店員さんは、一瞬ニコっとしたかと
思うと、さりげなく足元の屑入れにマドラー
を捨てたのだ。

まだ、未使用のマドラーやぞっ!

作家志望の怒りの沸点が頂点に達し、
今にも店員さんに食ってかかる勢いだったが、
そこまでの勇気がないため、とりあえず
お盆を持って席に戻った。


メガネ系女子風店員の淹れた珈琲
をすすりながら、作家志望は先程の
出来事を振り返った。

未使用のマドラーが、何故屑入れ行きに
ならねばならなかったのか。

一度でも誰かの手垢が付いた瞬間、
それは商品にならなくなってしまう、
というのだろうか。

よく、他人のお茶碗を運ぶ際など、
指がお椀内部に侵食しないよう
気をつけなさいと、親に言われたものだ。

使い捨てのマドラーも、同じ原理なのだ、
と作家志望は勝手に結論づけた。

初めから、「マドラーは使われますか?」
と店員さんが聞いていれば、未使用の
マドラーちゃんは屑入れに行かずによかった。

なんなら、マドラーをセルフ式にカウンターの
端っこにでも置いておけば、こんな無駄で
悲しい事件が起きずに済んだのだ。

セルフこそ最大のエコやなっ

使い捨てマドラーの悲痛な叫びに耳を傾けた
作家志望は、今日もどこかで珈琲を
飲んでいるに違いない……














最近はマドラーもセルフが多いにて