「・・そん、なの。分かんないよ?

 

俺はさ。あんたと違って自然が大好きってわけじゃないし。

 

今はいいけど、ネットに関わり始めたら、行きたくないって言い出すかもしれない。

 

あんたは一人でも平気だし、俺だって・・・」

 

 

 『俺だって』と言いかけて、胸がギュッと苦しくなった。


 


「お前はそれでいいのか?」

 

「別に。いいも何も・・・」


 

笑ってみたけど、頬が引きつっているのが自分でもわかる。


『俺だって』の次に続くこと・・


ずっと隠して、見ないようにしていた地雷を、自分で踏んだからだ。



 




 

智と眠るようになって、俺の睡眠はかなり普通になった。セックス抜きでも大丈夫な日だってある。


ただ・・治ったのかとなると疑問が残る。今が特別なだけで・・いつどうなるかは分からない不安は、常に心の底にあった。





この身体が欲しがるのは、純粋な快感で、それはどんなに嫌でも、逃げられない事実だ。

 

あいつが教えてくれたように、抗うのは無駄だと思ったし、受け入れることで自分を罰していたから、精神が壊れずにすんだとも思っている。


受け入れて、時には利用もして、ここまで来た。





その均衡が、智との生活で狂い始めている。


理由は簡単。


想像以上に幸せ過ぎたからだ。





自分の業にどれだけ逆らえるのか・・


俺はまだ、自分が信じられない。


今はいい


いつかこの楽園を出た時、どうなるのか・・


智と二人で歩もうとすることが現実的になればなるほど、その不安は色濃くなっていた。


見ないようにしていただけだ。






智にも言えない


だって、俺は智に何を見せた?聞かせた?


忘れてなんかない。今でも、気持ち悪いほど鮮明に思い出せるんだから・・


 


 

どんどん思考が深みにはまっていく。真っ暗な道で、ぬかるみに足を取られ、動けない時のように・・。

 



頭の中で「俺」が答える。


『怖がらなくてもいい。大丈夫だよ。今迄通りなだけ。


もし寂しくなっても、誰かが抱いてくれる。智じゃなくてもいいんだ。


森本の時も本田の時も、俺は感じていただろ?しかも、いやらしく腰を振って。前も濡らして。


こんなに好きだと思ってる智の前でも、あんな姿を晒せた。


むしろ、興奮していたんじゃないのか。見られていることに・・』



ちがう・・


 

『そうかなあ?ここで認めておかないと、後でまた悩むんじゃないのかなあ?』



違うって・・!


本田との時は、必要があったからだ。


声も聞かせて、抱かれている姿を晒したのも全部・・

 

望んで抱かれた訳じゃない・・!!



『必要ねぇ。・・じゃあ、そうだとして。


大野はどうだったと思う?あいつのを嵌め込み、よがる俺を目の前で見たんだ。


自分自身が信じられないのに、信じてと言えるのか?』


 

 ・・・・



『人の気持ちは変わる・・。今は良くても今後どうなるか分からない。


裏切った時、裏切られた時。お互いに辛いだけだろ・・?』


 

頭の中の俺が、優しい声で俺を諭そうとする。




そうなのかな


それしか、ない? 






 

「大野、さん・・」

 

 

智でもなく、タカでもなく。呼んだのはあの時の・・

 

助けて、と思った時の名前




 

「俺は・・俺が、信じられないんだ・・・」



頭に難なく姿が浮かぶ


他の男に抱かれ、悦ぶ自分の姿が・・

 

 


「・・あの時。


見てただろ?俺はよがって泣いて、欲しがって・・・」

 

「・・和也?」


「俺は、そんな奴なんだ。


あんたと・・あんな凄い、綺麗なものを見て、一緒に過ごしていっていい人間じゃあない・・」



ここで夢を見た


夢はいつか醒めて、現実に向き合わなきゃいけない時がくる


諦めなきゃ、いけないものがある・・






「二宮」


 

 何か伝わったのか。大野さんもあの時の呼び名で呼んでくれる。

 

それだけで、嬉しくなるんだ。



「・・悪かったな

 

あんな事をさせて、悪かった・・・」

 

 

苦しそうに言われて、息が止まった。

 

俺の心の中にあった色々なものが、一気に溢れて

 

 

「違うったら!!」

 

 

手を思い切り振り払い、膝を抱え、小さくなった。


自分の周りから「今」が遠去かり、「あの時」に戻っていく・・。




「いいんだ。あれで良かったんだ・・・

 

本田を確実に抑える為には、あれが最良の策だった・・・


俺が決めたんだ・・実際上手くいった・・そうだろう?」

 

 

大野さんに、というより自分に言い聞かせていた。


そうだ、あれで間違っていない・・。あの時、あれ以外、以上の方法がある訳なかった。

 

 

「そうだ・・な。うまくいった・・」

 

 

大野さんも「そうだ」と言った。いいんだ。やっぱり、あれでいい。あれでいい。

 

 

「・・・でもな、二宮・・」

 

 

膝を抱えていた手に、大野さんの手が触れる。


 

「・・無理をさせたよな。


俺の力不足だったのは事実で、その為にしたくないことをやらせた。


お前のおかげで、今がある。俺はお前にどれだけ感謝しても、足りないくらいだ・・」


 

指をひとつずつ絡めて



「嫌だったことくらい、分かる」



とても、大事そうに・・

 

 きゅ、と、握られた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「嫌、だった・・


抱かれたく、なんか、なかった・・」



大野さんの手の力が強くなる。それが、本当に強くて、痛いくらいで



「嫌だったんだ・・・!!


ほんとに・・・ほん、とうに・・嫌で・・

 

ほんと、うは、自分も・・嫌だ!大っ嫌いだ!

 

あいつも自分も・・全部・・ッ、全部消したい・・!消えたい・・・ッ!!」

 

「二宮ッ」

 

「大野さん!消してよ!俺を!」

 

 

泣いて、暴れて


大野さんに抱きしめられなかったら、海に飛び込んでいた。




 

いつから溜めていたのか。

 

俺の本音、弱み、恨み。それからどうしようもない哀しみが、言葉や涙になってどんどん溢れ出してきていた。

 

泣きながら怒っていた。自分にも、周りにも。


俺を生かしているもの、全てに・・

 

 

 



 

本田の罠に落ちて

 

それまでの人生が全部なくなった。眠ることさえ、普通じゃなくなった。

 

セックスしないと眠れない?しかも抱かれないとって何だよ。

 

頭がおかしくなって当然だと思う。

 

でも、狂う権利すらなかった。俺は俺自身を罰しなければならないと、思い込んでいたから・・

 

 

 

 

身体は心じゃない。ただの手段、選択肢の一つだ・・と、割り切ることで、俺はずっと立てていた。

 

でも、平気じゃなかった。こんなにも傷が深くて、多くて・・脆くなっていた。

 

違ったんだ・・

 

 

「・・お前は・・汚くなんかない。


自分を汚して、周りを守ってきた・・。そんな奴が汚い訳がない。」




目蓋にキスをされ、涙越しに大野さんを見上げた。

 


俺が?汚くない・・?

 

 

「誰もお前を汚すことなんか出来ない。


それに、俺が尊敬している二宮和也という男に、そんなことを言うな」

 

 

大野さんにきつく抱きしめられた。

 

 

「お前は・・

 

さっきのクジラより凄い事を、俺にしてくれる人間なんだ。


この世で、ただひとり・・」

 

 

息が止まるような力だった。本気で、そう思っていると、伝わってくる力だった。

 

 


「お、おの、さ・・・ッ・・」



大野さんにしがみつき、俺はまた子供のように泣いた。

 

炎天下の海の上なのに

 

体中の水分なんかすぐに無くなるんじゃないかというくらい、泣き続けた。

 






 

大野さんに何度もキスをされ、やっと感情の波が落ち着いてきた頃


 

「帰ろう。ここだと干上がる」

 

 

確かに智の言葉通り、俺は泣き過ぎと日の当たり過ぎで、若干の脱水になっていた。

 





 

 

 

 

 

ヴィラの中は気持ち良く風が流れていた。

 

水を飲まされ、ベッドに横たわると、身体がどこまでも沈むような倦怠感に襲われた。

 

 

「少し寝ろ」

 

 

目蓋を閉じさせる手を感じながら、俺はすぐに眠りに落ちた。

 

 

 

 

それは、セックスにも薬にも依存せず、悪夢もない

 

ただ、眠るだけの眠りだった。




 

 

 

目が覚めたら、何をしよう・・

 

智が待ってるんだ。

 

夢よりも現実が待ち遠しい・・





俺は変われたのかと問われたら、分からないと答えるだろう。


それでも、変われることを信じてる。信じると言える自分がいる。


これからの日々をどう過ごそうか。とても楽しみなんだ・・・




 

 

 

 



 

 

あどけない寝顔の二宮を見ながら、大野は優しく髪をすいた。

 

 

「・・悪いな。

 

お前が泣いて嫌だって言っても

 

もう、俺の方が手離せないんだよ・・」

 

 

二宮の左手をとり、その薬指に口付けた。

 

 

 



このヴィラは自炊も出来て、プライベートエリアも広い。他の人間とは最低限の接触だけで済む。

 

二人だけの時間や空間があったればこそ、感じていた多幸感。だが、そんな楽園もいつかは出なければならないことは分かっていた。


二宮が抱えているものをどうするか・・どうしたらいいのか。


大野は時期を待っていた。

 




二宮は今、気持ちよさそうに眠っている。そんな二宮を見ることができて、大野も嬉しかった。

 

やっと、という思いが胸を満たす。

 

二人が感じたことのない自然は、色々な意味で癒しと再生を与えてくれたのかもしれない。


 

 起きたら、何をしようか・・






「・・取り敢えず、飯だな」

 

 

大野はキッチンに立ち、ナイフを取り出すと、魚を捌き始めた。

 

 

 

 

 

 

 


 

エピローグ 終わり・・♪