今日は・・もう、来ない、か
潮時を感じ、海面へとフィンを蹴った。
素潜りはきつい。でも、慣れてきたらその方が自分には合っていた。
なんたって、人魚姫だから。
海面に出ると、空になった肺にどっと空気が入ってくる。
酸素がこんなに美味しいことを知ったのも、最近の俺の変化の一つ。
「会えたか」
タカの笑顔がお出迎え。これも、この海中散歩の楽しみだ。
「今日は駄目だった」
駄目だったって言ってるのに、頬が緩む。笑っちゃってるのが自分でもよく分かる。
タカにも「駄目だったのに、ご機嫌だな」とからかわれた。
船に上がると、子供みたいにタオルで包み込まれた。
「・・冷たいな」
それはそうだ。南国の海でも、海水に浸かっていればどんどん体温は下がる。
でもそれも・・いいんだ。だって
「そうだよ。ほら、こんなに・・」
タカの両頬を掌で包んだ。冷たいんだよ。こんなに・・
だからさ
「今すぐ、あっためてよ・・」
タカの左頬が少し上がり、俺のタオルの中に顔を寄せ・・
「!!!!?!」
顎が、開いたまま、声が出ない。
海が、ゆっくりと盛り上がる。
いや、ゆっくりに見えた。時間がスローモーションで進んでいた。
「・・サトシッ!!」
ようやく絞りでた声は叫びに近い。
智がタオルから顔を出したのと、それは同時だった。