二宮も大野も、あの夜死んだ。
「本人として死ぬか、別人として生きるか。どちらかを選べ」と老人に選択肢を迫られ、2人で選んだのはこの道だった。
二宮はユージ、大野はタカという日系人となり、別の人生を上書きされたパスポートを持って日本を出た。
コタキナバルに来たのも、自分達の意思じゃない。このヴィラも行き先も、全て老人側の指示だ。
ここから先は自由にしろ。だが、こちらには近寄るな・・
空港で老人からの最後のメッセージを受け取り、若干の緊張と共にこのヴィラに来たが、着いた当初は驚き、呆れた。
「ハネムーンと間違えてるんじゃないか。あの爺さん」
大野の呟きに、二宮が笑う。
「案外そうかもね。
俺とあなたのアイノスー、になるんだから」
滞在してみると案外ありだなと思うようになったが、そんな感情の変化すらあの老人にはお見通しだった気がする。
「前の自分達では、絶対に来ない場所を選ばれた・・、そんなとこでいいんじゃない?」
二宮の言葉には、何故か説得力があった。
名前が違うだけ。過去が変わるだけ・・それでも
あの場で確かに終わったもの。置いてきたり、産まれたりしたものがある。
今、自分の体の上で艶かしく上下に揺れる男は、情報収集に長け、人の心の裏の裏まで読み解き、惑わすこともする。抜け目のなさは折り紙付き・・そんな男だ。
それを知っていても、なお
まるで自分の命を神に捧げるために、祈りの舞をしているような・・そんな透明感と哀しさを感じさせられる時がある。
以前とは自分の受け止め方が変わったのか
それとも、この男が変わったのか・・
「な、に・・?何か、気になる・・?」
「いや・・」
身を起こし、濡れて乱れた前髪を後ろに撫でてやると、瞳が揺れた。
ーー そんな頼りなげな目をされると、な・・
頬を撫で、触れるだけのキスをした。感謝と尊敬と信頼をこめて。
「ふふ・・」
二宮もまた、大野の頬を優しく撫でた。
お互いの額をつけ、微笑み合う。あたたかく、柔らかい空気がお互いを包んでいるのを感じた。
恋人、という概念は超えていた。
言うなれば、共犯者か運命共同体。お互いの要素は確実に違うのに、二体で一体のような感覚。
二度目のキスは、愛情を込めて。
ゆっくりと何度も交わしあった。
大野さん・・
声には出さず、口の動きだけだったが、何と呼んだかはすぐに分かった。
名前を呼ぶだけなのに、どうしてこんなに嬉しそうな顔になるのか・・
大野は、上に乗っていた二宮を引き寄せ、シーツに押し倒した。
体勢が変わり深く刺さったせいで、二宮に強い快感が襲う。
「ああ、っ・・ァッ!あ、あ、」
にのみや・・
大野は二宮の耳に口づけながら、名を呼び返すと、二宮の体がぶるっと震え、入ったままの大野を締め付けてきた。
体は正直だ。
大野は、自分の中に嬉しさが生まれてくるのを感じた。
ーー そうか・・
こんな気持ち、か・・
お互い、いつ何があるか分からない。元の名は口にするのはやめようと決めていた。だが・・
和也・・
大野は二宮を下の名前で呼んだ。本人だけに聞こえるよう、微かな声だったが、それで十分だった。
お互いを下の名前で呼ぶのは、これが初めて。
「・・・ッ・・・!」
二宮は大野にしがみ付くように抱きつき、前を濡らした。
カリカリと、引っかく爪先が背中にあたる。
おお、のさ・・おおの、さん・・
尖った胸の先が、動くたびにこすれ合う。
さとし、でいい
そう言いながら、耳を噛むと、また前が濡れた。
あっ・・さと、し、・・さとし・・
ただの名前が、秘事になる。
名前だけじゃない。あの夜に辿り着く出来事全てが、もう今は霧と闇の中だ。
知っているのは2人だけ。それはこれからもだろう。
これから何処へ行こうか
時の隙間を探して、二人で・・
Unknown 完