「いや、お見事」
パンパンと、拍手までされた。
「意地悪はやめにしましょう。そこの子も、もう起きたらどうです?」
老人が二宮に話しかけると、倒れていた二宮の目が開いた。
「・・バレてましたか」
「二宮?」
のそりと起き上がった二宮に、「ごめん」と、ウインクされた。
「さっきも言いましたが、これは取引です。
右澤のことは明らかにするし、正当な裁判にもかけます。
だが、本田は我々に任せてもらう。あなたが言うように、うちの上客が巻き込まれては困るんです。
それに、二宮さん。
あなたもでしょう?何もお咎めなしという訳にはいかない。」
「その通りだよ。
それで?何をどうしたいんです?」
二宮が嫌そうに聞いた。
「我々は正直なところ、あなた方にはここで死んでもらいたい。」
大野と二宮は顔を見合わせた。
「見逃す、とかしてくれない?」
二宮が甘えて言ってみたが、老人は「ご冗談を」と笑った。
「・・やっぱり、さっき死んでてもよかったかも」
二宮が、ため息混じりに呟いた。
翌日のテレビの報道で、圭介は父親の暴行容疑が立件された事を知った。
母親は倒れ、妹は泣いた。圭介は二人の面倒をみながら「これでいいんだ」と、泣いた。
圭介はもう見ていなかったが、番組では他のニュースも報じていた。
「本日未明、廃屋から20代後半と見られる男性二人の遺体がみつかりました。
現場には遺書も残されており、警察は自殺と断定しています。」
キャスターは息継ぎをし、表情を和らげた。
「続いて、お天気です。井原さーん。そらタロー」
呼ばれた天気予報士と、マスコットキャラクターが画面に現れた。
「はーい!
週末はよく晴れて、行楽日和になるでしょう。」
「いい天気になりましたな」
「そうだな」
一面の緑に囲まれたゴルフ場で、次期総理がコースを回っていた。隣には小さな老人が付いている。
二人三脚で支えてきた総理が、病気の為に辞任を決意したのは三日前。
官房長官だった男は、周りからの薦めもあり、適任も無しと判断したことから、次期総理になることを決めた。
このゴルフは、目の回るような忙しさの中で作った息抜きだった。
「あれは、どうなった」
さりげなく聞いたつもりだったが、察した老人に「ほほ」と笑われた。
「抜かりなく手配しました。しかし・・」
この老人が、何か言いたそうにするのは珍しい。
「なんだ」
「御子息の身体能力。凄いですな。私のお抱えの中にもあれだけの者はいません。
うちに引き抜きたかったなあ、と。」
「お世辞はよせ」
「いえ、本音です。あれはどなたに似たんですかな」
「・・・・」
クラブを振ると、ゴルフボールは茂みの中に吸い込まれていった。
「ファーー」
離れて立っているキャディの声が響いた。
「少しはお世辞くらい言えないのか」
「正直者で通しておりますから」
むう、とふてくされた次期総理は、茂みに向かって歩き出した。
「アレはどうした」
「彼は署長を辞任し、入院しています。心の病院ですから、一生出られないでしょう。
森本という刑事の遺族には、真実は伝えられませんが・・。
どちらにせよ、彼が飲ませた薬は理性のタガを外すものでした。森本が二宮氏を襲ったのは、彼の本願でもあった訳ですから・・。」
「そんなに魅力的か。男だろう」
「そういう種類のもの、という印象でしたな。ファムファタールならぬ、オムファタール、とでも言うか・・
ですが、御子息とはいいコンビに見えました。」
「オムファタールと、か。」
「御子息からも、そういう雰囲気を感じました。惹きあうのかもしれませんな。」
茂みの手前に白いボールが見えた。
「彼等はどうしてる」
「もう向こうに着いた頃でしょうか・・」
鳥が茂みから飛び立ち、二人は空を見上げた。
抜けるような青空に白い飛行機雲が一筋、流れていた。
「もう、会うこともない、か」
「当然です。
彼等はもう死んでいるのですから」
このゴルフが終わったら、総理としての職務が待っている。
この話はもう終わりだと、老人は暗に告げた。
「そうだな」
その後、この二人がこの話題に触れることは二度と無かった。