「イッ・・」


いきなり髪の毛を引っ張られた。しかも容赦なく、何本かは確実に抜ける勢いで。


「撃つ・・相手が、ちが、う」


笑いながら、二宮は大野が持つ銃口を自分の額へ当てた。


「何してる?!」


外そうと力を入れたが動かない。無理に動くと、弾みで引き金を引いてしまいそうなほど、強い力だった。

二宮自身、こんなに力が出るのかと驚いた。


「撃つ、・・なら・・おれ、に、で・・しょ・・」


・・ね?と同意を求めてくるが、どうして二宮がそんな事をするのか、大野には分からない。


「違う。何言って・・」

「俺、・・だよ。俺が、わる、いの・・」

「何でお前が悪いことになるんだ?お前は被害者なのに」


薬でおかしくなっているのだろうか。

大野は急に怖くなって、二宮の肩を掴み、「しっかりしろ」と、揺さぶった。


「俺、は。

自分で、死んだら・・だめ、なん、だ・・・

償わ、なきゃ、ならない、から・・

で、も、・・生き、てて、・・いい、わけ、でもない・・・ん、だ・・・」

「それは、全部アイツがしたことだ。お前のせいじゃない。

お前も何処かで分かってる筈だ!お前は償いとか、そんなもの関係なく、生きていい。

ただ、生きる為に生きていいって!」


二宮は、小さく笑った。


「そんな、に、揺さぶった、ら・・ほんとに、頭が・・おかしく、なる、から・・」


ポン、ポンと、ゆっくり大野の肩を叩き、その胸の中に頭を預けると、ほっと息を吐き、目を閉じた。

身体が服越しにも大野の熱を拾う。拍動を感じる。


ーー・・ああ、大野、さん、だ・・


二宮は、顔を緩ませた。




「あなた、も、だよ・・」


「・・俺、も?」


「そう・・・

あなた、も、・・もう、いいんじゃ、ないの・・?」


大野を見上げると、向こうも自分を心配そうに見ているのが分かった。

頭でもおかしくなったと、思ったのだろうか。





違うんだよ・・


「俺が、被害者だ、って言うなら・・あなたも、なんだよ・・?

この、・・中に、誰が・・いるのか、、・・まぁ、見当は、ついてる、けど、さ・・。」


正直、喋ることが辛い。一度ほっと緩んだせいで、薬の影響に抗えなくなってきていた。

幸い、体の方は落ち着いてきていた。誰から構わず抱かれたがることは無さそうだった。


ただ、眠い。ひたすら、眠かった。


「念の、ため、に・・本田・・・の、デー、タ、ベース、も、調べて、み、たんだ・・

ふじおか、さん、の事故・・は・・ほんと、うに、偶然の、不幸な、事故で・・・

仕組ま、れた、もの、とか、じゃ、なか、った・・・順番、を、操作・され、た・・だけ・・

あな、たは・・巻き込まれ、た、・・だけ、だ・・」


二宮は甘えるように、頭を擦り付けた。


「いいん、だ・・

も、う、・・あな、たも、自由に、なっ、て・・いい・・」

「自由」


そうだ、よ・・と笑いかけたところで、二宮の力が急に抜けた。


「二宮?!おいっ!!二宮っ?!!」
 

どんなに声をかけても揺すっても起きない。

息はしていたが、意識が完全に堕ちていた。

呼吸は安定している。ただ、無理をしすぎて、眠っている、そんな感じだった。




「二宮・・」


いつ、知ったのだろう。

大野が富士岡の心臓と角膜を移植してもらった事も、それが仕組まれたものじゃないかと疑っている事も・・




そもそも、大野の移植は全てが疑わしかった。

手術のタイミングやドナーが、まるで大野に合わせたようにぴったりだった。そんな事はまず無いと言っていい。

恋人の死を調べていた富士岡。当然右澤からすれば厄介な存在だっただろう。そして起きた家族全員を巻き込んだ死亡事故。

それが偶然じゃなく、仕組まれたものだとしたら・・?



大野はそれを考えると、どうしても富士岡に申し訳ない気持ちになる。

これからの人生は、自分の為でなく、富士岡や恋人の為に、と考えてしまうし、彼の無念を晴らせたら、自分の人生を終えてもいいとさえ、思っていた。

だが、本当に事故なんだとしたら・・


 

ーー  ありがとう・・でも、もう、十分です・・


錯覚か。富士岡としおりが手を取り、微笑んでいる姿が見えた気がした。


「富士岡、さん?」


この時、本当に見えたのかもしれなかった。





満足してくれたのだろうか。

それ以来、頭の中にいた住人は、居なくなってしまった。




俺も・・・?

自分の、人生を・・?



「二宮・・

凄いな、おまえ・・」


顔にかかる髪を後ろへ流しながら、額に口付けた・・、その時

突然、玄関のチャイムが鳴った。




 
誰であれ、良い人物の訳はない。

裸の二宮を抱いていては、何もできない。そっと横にすると、脱ぎ捨てられた服を引き寄せ、体にかけた。






「誰だ」


銃は背中に隠し、ドアに近づきすぎないよう、声をかけた。



ドアの鍵が目の前で動いた。

こいつ、チャイムを鳴らしたくせに、この部屋の鍵を持っている。


関係者、だ。本田側の。



「二宮!!」


振り向くと、窓から黒ずくめの男達が数名、手際よく侵入してきていた。

同時に目の前のドアからも、銃を構えた男が自分を取り囲み、あっという間に床へ引き倒された。

その動きは無駄がなく、統制がとれていた。まるでSWATか、軍人。


まさか


「お初にお目にかかります。坊ちゃん。

あなたのお父上からの依頼で、まかりこしました
。」


杖をついた小さな老人が、部屋の中に入ってきた。


「やりすぎおって。」


不快そうに倒れたままの本田を杖でこづくと、男達が本田を担ぎ、部屋から連れ出そうとした。


「何をする気だ・・」


ほほ、ほほ。と、老人は笑った。


「こちらの不始末は、こちらでつけるだけです。

あれは、もうあなた方と会うこともない。」

「殺すのか」

「命まではとりません。・・ただ、表に出る事は、もう無いでしょう」

「有耶無耶にする気か」

「取引次第です。あなた方は裏の裏まで知りすぎた。

よく調べれたものです・・。彼の操作能力はかなり高いようですね。」


こんな時だというのに、敵からも認められる二宮を、大野は内心誇らしく感じた。


「だが、その操作手法はどれも違法。可哀想だが彼は検挙され、罪に問われるでしょう。勿論、あなたも」


痛いところを突かれた。

その通りだった。


「そこで、取引です。

お父上は、貴方に生きていてもらいたい。だから、私をここに送った。

我々は、あなた方に黙っていてもらいたい。」

「右澤のことを、か。」

「・・・あれを公表したら、満足してもらえますか?」


満足するか否かではない圧を感じた。


「選択権がある、と?」

「条件はありますが、・・そうです。

右澤は、あなた方の望み通りにしましょう。罪を公表し、裁判にもかけます。勿論、裏取引はなしで、正当な裁判をね。

本田の方は、我々に任せてもらいたい。」

「芋づる式に、バレたらまずいお偉方がいそうだな。

大体、なんだ?こんな私設軍隊みたいな連中。

銃器不法所持だけじゃないだろ。

あんたの方が、俺たちより、余程・・」


老人の杖が、大野の喉仏を押した。


「そう。今の日本は平和に慣れすぎていて、人が簡単に殺せることを忘れている。

殺される以上に苦しいこともな。そこの者で試してみせようか?

今、お前が殺されていないのは、ひとえに」

「・・そんな事をするなら、お前を殺す。それ以上に苦しいことを味わせてやる・・」


杖が喉仏を押してくるが構わない。大野は自分を抑えていた男ごと、半身を捻り、抑え込まれていた腕を外した。

そのまま反射的に床を蹴り、老人の後ろをとった。


「あいつに何かするなら、あんたの首くらい、すぐに折る」


老人の首に回した腕に力を込めると、老人が笑い出した。