部屋への侵入経路はもう決めてあった。

ドアは十中八九、鍵がかかっているだろうから、最初から候補から外し窓からの侵入を考えた。

二宮が見下ろしていた部屋には腰窓だけ。

だが隣の部屋のベランダなら、壁をクライミングしても数秒で着ける。体勢も立て直せる。

まだ指は痛んでいたし、あちこち傷があったが、アドレナリンが出ているせいか気にならなかった。


「・・これなら、いけるか」


排水管を掴み、軽く揺する。パラパラとコンクリの破片が落ちてきたが、体重をかけるのは1秒もない。耐えてくれるだろうと足をかけた。






二宮は、体と頭を切り離すことに必死だった。

体と口は欲しいものを我慢しない。欲しがり、与えられる快感に、もっともっと、と強請った。

薬の力は強く、ともすれば意識ごと引きずられそうになる。

意識の海に深く深く沈むと、大きな魚が現れた。

それは想像でしかなかったが、その魚が寄り添い、二宮を励ましてくれているように感じた。


泣きながら自分のもので体を汚し、腰を揺らす二宮に、本田は優しくキスをし、前を緩めた。



『き、て』


ポケットに挿した携帯から「合図」が聞こえた。



その後の大野は速かった。

もしも、大野の姿を見ていた人がいたら、残像しか追えなかったかもしれない。





頭の中で、二宮は数えていた。

(いち)


大野の手が排水管を掴み、体を一気に上へ引き上げ、一階の窓枠を蹴った。


(に)


ベランダの格子を掴むと、手摺りを背でくるりと乗り越え、身体をコンパクトに丸めたままベランダの中へと着地した。

鍵を確かめ、音を立てないよう窓をスライドさせ室内へ。


(さん)


体重がないかのように床を飛び、二宮のいる部屋へのドアを開けた。


(きた)


二宮は体の感覚を打ち消し、意識を一気に浮上させた。焦点が合っていなかった視界がクリアになる。


「下!服の中!!」


二宮の声に、大野が瞬時に反応する。


「な、・・ッ!」


本田も直ぐに反応したが、二宮を犯していた分だけ身体を動かすことに時間を要した。


「動くな」


本田の頭に銃口が当たり、部屋の中の時間が止まる。

大野が奪った銃で、本田の頭を狙っていた。


「・・らしくないね」


本田がわざと茶化すと、大野は無言のまま銃底でその頭を殴りつけた。

殺してはいない。

本田は気を失い、その場に崩れ落ちた。



「だい、じょうぶか」


大丈夫な訳はない。

二宮が選んだこととはいえ、受け入れれた訳じゃない。


「すご、い、ね。時間、ぴったり、だっ・・た・・」


まだ切れる息を抑えながら、二宮がぎこちなく笑うと、何故か大野は泣きたくなった。


「たぶ、ん、手、錠・・も、ある、・・よ・・)


言われて上着の中を探ると、二宮が言った通り手錠が出てきた。

倒れた本田の両手を後ろに回し、手錠をかけた。


「ま、え・・され、た、から・・」


この場所で最初に監禁された時、二宮は四肢を縛られていたが、左手は手錠を使われていた。

それは森本の物だったが、この行為を崇高なものとして捉えている本田なら、また同じことをしようとするに違いない。

銃も然り。

二宮の予想は当たっていた。




「頭・・グラグラする・・」

「おいっ」


二宮はなるべく平静を装い、自力で立とうとしたが、まだ薬が効いている状態では到底無理だった。

ふらつき、慌てて駆け寄ってきた大野の腕の中に倒れ込んだ。


「ごめ、・・ん・・?」


大野の視線の先は、二宮の脚の間。

白い体液が、足をつたって流れ出ていた。






大野は倒れた本田に向けて、もう一度銃を向けた。


「おお、のさ、」

「向こうを向いていろ」


怒りはある点を越えると、凪いだような静けさを連れてくる。

今の大野はまさにそれだった。