「クソッ・・!
ふざけんなよ!この・・っ」
大野の携帯からは、ずっと2人の会話が聞こえていた。
二宮の指示とはいえ、聞こえるのに何も出来ないことは、大野にとってストレスでしかない。
とにかく、今はこの窓を破らなければ何も出来ない。
大野は何度目かの拳を窓に向けて振るった。
寝た振りをしていただけの大野は、車から出る方法をずっと考えていた。
二宮のマンションに着いた時は絶好のチャンスだったのに、内側からはどうやっても開かなかった。
あれこれ模索している間にもう本田が戻ってきてしまい、結局何も出来なかった。
ただ幸いしたのは、二宮が自宅にいなかったことだ。車は二宮が指定した場所へ向かっているらしく、このまま大人しく乗っていれば、二宮の所に連れて行ってくれる。
移動の最中、本田はひどく上機嫌だった。
二宮が姿を隠したということは、何かを掴んでいる。それを本田も分かっている筈なのに、どうして・・
大野はこの男の考えが理解出来なかったが、二宮に心酔していることだけは分かった。
一見、自分だけが大事な男かと思ったが、これもこの男の愛し方なのか・・
いずれにせよ、自分にとっても二宮にとっても、この執着は厄介な事項でしかない。
大野は頭を切り替え、当初の問題に戻った。この車から降りるとしたら、窓しかない。
国産車ならば素手でも割れるが、これは特注の外車だった。さすがに防弾ではないだろうが、合わせガラスの可能性は高い。防犯重視の合わせガラスは、ヒビは入れられても破られないように出来ている。
前後を仕切るスクリーンは恐らく強化ガラス。だが、そこさえ破ればロックは外せる可能性はある。
せめてヘッドレストでもあればと思ったが、当然一体型になっている。
力技で無理矢理破るしか方法は無さそうだった。
車が止まり、本田が楽しげに降りていった。
古い建物の中に入っていくのと同時に、大野の携帯が震えた。
「俺だ」
盗聴機まで仕掛けていた二宮のことだ。どうせこの携帯の位置情報くらい把握しているだろうと思っていたが、その通りだった。
『何してるんですか。手間かけさせないで下さいよ』
「悪い。で、どうする」
このまま通話を切らず、録音を続けるよう指示された。
そして、合図は・・
「わかった」
大野は直ぐに窓破りに取り掛かり、その数十秒後、本田の声が聞こえだした。
そして、現在。
ーー まだか・・
大野は手や顔を傷だらけにしながら、何とか車の外に出ていた。
血が垂れる拳を服で拭い、時を待った。
携帯から聞こえる音は、聞き覚えのある喘ぎに変わる。
恐らく薬を使われている。こんな状態でタイミングを伺うことが出来るのか・・
だが、大野は待った。
言え
早く・・!
時間にすればほんの数分だったかもしれない。
だが、とてつもなく長く感じた。