車のエンジン音が止まった。
二宮が窓の外を覗くと、少し離れた場所に本田のものらしき白いセダンが停まっていた。
降りてくる人影は一人。大野はどうやら後部座席に寝かされたままらしい。
「早く起きろ。馬鹿」
二宮は、本田が建物の中に入るのを見届けてから、初めて大野の携帯を鳴らした。
トントン トントン
一定のリズムで上がってくる靴音が止まり、ドアが開いた。
「今晩は。久しぶり。」
「お久しぶりです・・本田さん」
穏やかな口調と笑顔が、二宮に迷いを与える。
あの映像を観てもなお、どうしても信じられない自分がいるのを自覚した。
ーーしっかりしろ
こいつだ。こいつが、俺と森本を・・
「突き止めた?」
「・・・はい。森本が、教えてくれました・・」
「綺麗に、映っていただろう?結構考えたんだよ。どの位置に立つと、君から見られず、彼の目の中に映ることが出来るか、ね。」
頭を強く殴られたような気がした。
ーー情けない。わかっていたことなのに・・
「なんで・・どうして、ですか・・」
「・・・答えは、ないんだ」
困ったな、と笑う。
二宮は、こんな顔が好きだった。
こんな時なのに、本田のこの顔が見たくて、よく困らせたことがあったな、なんてことも思い出しまう。
「後悔とか・・罪悪感、とかは、無かったんですか・・・」
「それを言われると困るけど・・・。ごめんね。
無いんだ。
後悔したことなんて無いし、罪悪感すら無い。
君とのことは、今も大事な思い出だよ。出来たらこれからも大事な人として扱いたい。」
一瞬、くらりと目が回った。
ガスだ。
同じように感じたのだろう。本田は「これか」と壁のガス管の栓を閉じた。
「ガスで心中でもする気だった?」
嬉しそうに笑いながら、一歩、二歩と二宮に近づいてくる。
「来ないで・・ください」
二宮は近づかれた分だけ、後ろへと下がった。腰が流しに当たり、足元が濡れるのが分かった。
さっき緩めておいた水道菅から漏れ出した水だ。
「あなたは・・
森本を殺した・・!そして、俺のことも、殺したんだ・・ッ!」
叫んでいた。
「そうだよ。そして、新しい君が産まれたんだ」
本田が水たまりの中に足をつけた。その瞬間、二宮は自分の足を水から抜き、流しの中に隠しておいた電気の線を代わりに投げ落とそうとした。
「こんな君にしたのは、僕だよ」
「・・・ック、う、」
二宮の口から呻き声が漏れた。
二宮の手より早く、本田がその手首を捻りあげ、体を壁に押しつけて押さえ込んでいた。
「はな、・・ッ・・」
「こっちが本命か。やっぱり、君は最高だ」
抵抗する二宮の両手を押さえつけ、顎を掴むと、触れるくらいのキスをしてきた。
「やめ、ろ・・ッ!」
頭を振り、キスから流れる。その顎を強く掴まれ、口を開けさせられた。
「もう一度、生まれ変わってみるのもいいと思わないか?」
甘い液体を流し込まれた。
覚えがあった。これは、あの時に・・
「嫌だ、いや、だぁっ・・!いや、ぁ・・あ、あ・・」
二宮の思考はモヤで覆われ、体がどんどん熱くなる。
髪を優しく撫でられながら、泣いていた。
「大丈夫だよ。怖いことはない。」
本田は二宮を抱き上げると、ベッドへそっと下ろした。
「これは儀式だ。
君はやはり僕と共に生きるべきだよ」
二宮の目は焦点を失いながらも「ちが、う」と答える。
それを見て、本田は優しく笑いながら服を脱がしていった。