二宮は怒っていた。





例の映像から、あの場にいたのが本田だと分かり、直ぐに自宅から離れた方がいいと判断したが、いまだ連絡が取れない大野のことが気になった。

だが、大野のことだ。自分がいなければ何とかするだろうし、何かしら連絡をとってきてくれる筈。大野の実力は、コンビを組んでいたからこそ知っている。

大丈夫だと自分を納得させ、現場をもう一度見る方を優先した。




例のマンションは、あの当時より更に寂れていた。

カーテンすらかかっていない窓が殆ど。自転車置き場の周りは草が生い茂っていて、長い間誰も使っていないことが分かる。

 
「・・お化けでそう・・・」


かなりげんなりしたが、それでも気を取り直し、さあこれからという時に入った一通のメール。

添付されていた画像は、全てをひっくり返すものだった。


 
ダンダンダンと、階段を登る音が真っ暗の中で響く。

 
「俺がこんなに苦労してるってのに!

何やってんだよ?あいつ!

無駄に運動神経いいくせに、大事な時に捕まってるって、何なんだよ?!」



目的の部屋のドアを捻ると、鍵すらかかっていない。まるで二宮が来るのが分かっていたかのようで、血の気が一気に引いた。


「出るなよ・・

出るなら俺にじゃなく、あっちに出てくれよ・・」


泣きそうになるのを堪えて、「お邪魔します」と部屋に入った。



部屋の中は暗かったが、ちょうど月明かりが差し込んできて、薄暗がりの中に一台のパイプベッドがあるのが分かった。


あの、当時のまま


ぐうっと喉がしまり、押し潰されそうになる。


「・・・ッグ、ウッ・・!」


部屋の隅にある流しに飛びつき、堪らず吐いた。


・・・っはぁ、っはあっ、はぁ・・



吐いたのはさっき飲んだ水だけだったが、吐物で汚れたシンクをそのままにしておきたくはない。

吐いたことを本田に知られるのは、どうしても嫌だった。

駄目元で蛇口を捻ると、水が出た。



誰かが、契約しているのか。それとも単に忘れられたままなのか・・?



手を洗い終わると、振り返り、改めて部屋を見た。





この部屋をこうやってじっくり見るのは、正直初めてのことだった。

パイプベッドなら向こう側の空間。そこに森本が呆然と立っている姿が、脳裏に浮かぶ。


二宮は目を伏せ、手を合わせた。


「ごめんな・・

それに、ありがとう。

お前のおかげで、裏にいたのが誰か・・分かったよ・・」


あの映像を見ていた時、気がついた。

本田は、死のうとする森本の顔をアップにして喜んでいたらしい。 

森本の目の中に、笑う本田が映り込んでいた。



「それに、比べて・・っ!」


合わせた掌がブルブルと震える。


「俺に余計な手間かけさせるんじゃないっての!

本田さんだけで大変だっていうのに・・ッ!!」



クソが!とベッドを蹴り、部屋の中を調べだした。

夜中は道も空いていて、難なく到着するだろう。

時間はおそらく、15分もない。




「罠なんて、あの人に通用するのか・・?」


はぁと肩が動くほど大きな溜息をつきながら、流しの下を覗きこみ、あれこれと弄った。

それから、部屋の入り口近くの壁についているガス管を緩めてみると、微かにガスが漏れてくるのが分かった。

やはりこの部屋は、誰かは分からないが、契約が生きている。


それが吉と出るか凶と出るか・・


「こういうのは、大野さんの担当なんだよ。俺向きじゃないのにさ。・・ったく・・」


ブツブツと文句を言っていると、外から車のエンジン音が聞こえてきて、肌が総毛立つのを感じた。