大野は議員秘書をしている男の子供として産まれた。
大野少年は生まれつき体が弱く、心臓と目に至っては、移植が必要なほどで、「もって10年」と言われて育った。
入退院を繰り返し、心臓に負担をかけないよう、走ることも笑うことも風邪を引くことも禁じられていたせいで、学校生活もほぼ出来ず、友人も作れなかった。
だが、物静かで優しい母がいつもいて、絵を描くという楽しみがあった。
仕事が忙しい父親には、会うこと自体少なかったが、それなりに楽しい子供時代を過ごしてきた、と振り返れば思える。
穏やかな日々に変化が訪れたのは16の時。体の弱かった母が亡くなり、先天性の角膜が濁る症状が一気に進んだ時だ。
いつも自分のことを遠巻きにしていた父親がバタバタと慌てだした。
行ったことのない病院に連れて行かれ、あれこれと検査が進んでいく。病院慣れしているからこそ、今がいかに異常事態か、ということが分かった。
「あの・・。お、とうさん?
何が始まるんですか」
この先どうなるのか、どうするつもりなのか。
病室でも慌てた様子であちこちに電話をする父親。その背中に思い切って問いかけた。
父親はしばらく黙っていたが、やがて力の抜けた顔で「違うよ。」と言った。
「私は・・君の父親じゃない。本当の父親はもっと偉い方だ。」
はじめは聴き間違えたかと思った。
「長かったが・・耐えた甲斐があった。
後は君の手術が成功すれば」
「父親じゃない人」は、余程嬉しかったのか、泣いていた。
「良かったなぁ。
角膜と心臓の提供者が見つかったそうだ。」
それは誰を想っての涙だったのか。
その後、大野少年は視力と走っても大丈夫な心臓、そして顔も名前も知らないが、「生物学的には本当の父親」だという人物を得た。
そして、自分の中にもう一人いる感覚に付き合うことになる。
彼の名は富士岡耕太。
心臓と角膜の元の持ち主であり、頭の中に住む友達だ。