「もし俺が証人になって・・刑事告訴したとしても、強姦が認められなければ無罪だ。

遺体は骨になってるから薬を盛られたかどうかなんて分からない上に、相手があいつらじゃ、グレーは白にされる。

むしろ、息子とはいえ俺の方が危ない・・犯人にうってつけだからな。あんたがそう思っていたように。

なぁ

あんたがそのつもりなら・・俺は止めない。手伝ってもいい。」

「・・お前の親だぞ。あかりもいるのに、・・いいのか」


圭介は「親だからこそ・・だよ」と苦笑いした。


「・・子は、親を選べないとはよく言ったもんだと思うよ。

あかりは・・悲しむだろうけど、何とかする。

むしろあんただ。

あんたはいいのか?本当に。」



大野はその言葉に刺されたように、少しの間動けなくなった。

圭介じゃない。しおりを殺したのは、右澤夫婦だった。

正義の鉄槌などと綺麗事を言う気はない。しかし・・司法にも守られるだろう人物は、一体誰が裁くのか。


どうする、と

圭介と胸の中。2人が同じ目で大野を見つめていた。







「・・・わかった。この後の邪魔をしないなら、拘束は取る」


大野はポケットから折り畳みナイフを取り出すと、その刃で圭介の手足の拘束を解いた。








少し前に遡る。

二宮は、タクシーで移動しながらこの家のセキュリティシステムをハッキングしていた。

ダイニングで倒れている3人を見た時は心臓が一瞬凍った気持ちになったが、よく見れば息はしている。窓が目張りされてはいないから、ガスを使われてることもない。眠らされているだけのようだ。

大野はきっと右澤圭介の部屋にいるに違いない。


カメラを切り替えながら感じたのは違和感だった。

この家は、普通付いている玄関やリビングだけじゃなく、廊下、階段、二階の各所にもカメラがあった。洗面所や風呂、トイレ、それから各自の部屋にもついていた。


「覗き見趣味のカメラか?」


案外当たっていそうだ、と思いながら二階の部屋へとカメラを切り替えた。


「おいおいおいおい・・!マジか」


丁度、大野が拘束を終えて、圭介と対峙していた。

今度こそ、息が止まりそうになった時、走っていた車が急に減速したせいで、体がシートベルトに食い込んだ。


「おじさん!何してんの。急いでるんだよ!」


タクシーの運転手は振り向きもせず前を指差した。


「見りゃ分かるでしょ。こりゃ事故かな。暫く動きませんよ」
 
運転手の言う通りだった。

二宮はずらりと並ぶ赤のテールランプに舌打ちしつつ調べると、どうやら首都高入口で接触事故があったらしい。ほんの15分前のことだった。直ぐには解消されない。


「分かったよ。ありがと。ここで降りる」



渋滞の中、車道から歩道へと抜け、ルートを確認した。

ここから歩くとなると30分近くはかかる。近くはない距離だ。


「走れば15分・・いや。10分、か」


背中のリュックにタブレットを入れると、足首を軽く回してから走り出した。こんなに速く、長く走るのはいつぶりか。


「俺は体力派じゃないっての」


正直身体はきつかったが、はぁ、はあっという自分の息切れの中、イヤホンから聞こえてくる会話がそれを越えさせた。


「ばっ、かやろうが・・!!!」


思わず叫ぶように怒鳴っていた。

忘れてはいない、だが、静かに底の底に沈ませておいた自分の過去が、泥を撒き散らしながら、頭の中に蘇っていた。