「あれ?」
 
 
目の前には、閉じたノートを持っている大野さんがいた。
 
正確には、他の三人はいなくなって、大野さんと俺だけが・・
 
 
「ニノは行かなかったのか」
 
 
少し笑いながらベッドに腰掛け直し、俺へと手を伸ばしてくる。
 
 
「行くって・・何処に・・」
 
「ゆめのなか」
 
 
近づいて
 
素直にそこへ自分の手を重ねた途端、引き寄せられた。
 
その手は腰へと巻きついてきて、ぎゅ、と音がした。
 
その音も、熱も、確かに本物にしか思えない。
 
もっと確かめたくなって、そっと髪の毛に触れてみた。柔らかい髪の毛は、やっぱり見知った感触だった。
 
 
 
これは現実なんだろうか。
 
でもそうなら・・三人が此処にいない理由が分からない。
 
 
「この本の夢って・・身体ごと、消えちゃうの?」
 
「わかんね。
 
俺、他の人で試したことないし・・」
 
「そう、か」
 
「うん」
 
 
三人が消えたっていうのに、こんなにのんびり構えていてもいいのかな
 
夢なら?・・いいのか?
 
 
「あの、さ。大丈夫、だよね・・?」
 
「多分ね」
 
 
大きな欠伸をした大野さんは、俺の膝を枕にして横になった。
 
よしよし、と頭を撫でたら、「気持ち、い。」なんて。
 
こんな状況なのに、やけにご満悦な顔をするから。つい、つられて笑ってしまう。
 
でも、なんで俺だけ・・?
 
 
 
 
「ねぇ。
 
ニノは、なんでここにいるの」
 
 
・・俺が聞きたい
 
 
「分かんないよ。
 
これも夢?
 
それとも、俺は夢を見てないってこと?」
 
 
俺はノートに夢を書いた。 書いたのに、ここにいる。
 
皆が夢の中に行ったのなら、俺だって自分の描いた夢の中へ行く筈だ。
 
じゃあ、これは俺の夢・・・・?でも・・・
 
 
「んー・・?」
 
 
ふふ。と笑いながら頬を撫でてくる・・
 
 
「よく、分かんないけど。
 
ここは、俺とニノが見てる夢の中・・・かも」
 
「俺と?あなたの?」
 
「俺の夢でもあるし・・ニノの夢でもある、って感じかな・・
 
ただ、俺は今日の夢を書いてないけど」
 
 
自分が書いたことを思い出して、ギクリとした。
 
 
「・・なんでかな・・?」
 
 
首の後ろに手が回り、力がかかった。
 
それはほんの少しの力だったけど、俺が近づくには十分な力だった。
 
大野さん・・
 
 
「じゃあ
 
これは・・大野さんが、見てる夢・・?」
 
 
唇があと数センチで触れる場所で止まる。
 
 
 
「そう
 
でも、ニノの夢・・でも、あるけど、ね・・」
 
 
俺の・・ゆめ・・
 
 
「ニノはなんて書いたの?」
 
「それは・・」
 
 



 
『夢、かぁ・・』
 
あの時、
 
夢は、夢見る過程がいいから、夢なんだ・・と、ちょっと反抗心みたいな感情も湧いて
 
「ゲーム王になりたい」なんて子供じみたことを書いた。
 
ただ、狡い俺はもう一つ。その下に本当の願いを付け加えてもいた。
 
 
『大野さんの夢の中を見たい』
 
 
・・・・分かってる。これは反則だ。
 
大野さんの夢を見たい訳じゃない。
 
俺が見たいのは、大野さんが見てる夢。その中に入りたい・・
 
 
 
そんなこと、本人に言える訳がない。
 
これは、大野さんが見てる夢・・だとしたら
 
・・・だから?今、こうなってるってこと・・?
 
 
 
 
口籠ったままの俺に、大野さんは何かを察したのか。それ以上は聞かないでいてくれた。
 
その代わり、止まっていた距離が動き出し、唇には大野さんの息がかかった。
 
 
 
ぁ・・・
 
 
・・俺と大野さんの唇が触れ合い、深く重なろうとした
 
その、瞬間
 
 
「あ、あっ?!」
 
「ニノ?」
 
 
他の三人の夢が、一気に頭の中に雪崩れ込んできた。
 
それぞれの場面が、熱と触感を持ち、通り過ぎていく。
 
 
「ええっ!?え?うそ、え?!」
 
「ニノ」
 
 
顔が一気に熱くなる。
 
反射的に、自分の口を押さえていた。
 
 
「なんで・・嘘でしょ」
 
「ニノ?」
 
 
 
何か言いたげに、ゆっくりと大野さんが起き上がった。じっと俺を見つめてくる。
 
きっと俺は泣きそうな顔をしてる。だって・・・
 
これ
 
これってさ・・
 
自問自答する俺を、大野さんは全部わかっているように優しく抱きしめた。
 
 
 
ぽん ぽんぽん 
 
 
子供をあやすように、背中を叩いてくれる、

その音に、跳ねた心臓は徐々に落ち着き始めた。
 
 
 
 

・・これは、欲張った自分への罰なんだろうか。
 
知ってしまった。皆の夢・・
 
 
「どうしよ、俺・・どうしよう・・」
 
「大丈夫」
 
 
大丈夫、大丈夫という声が、子守唄の様に身体の中に染み入ってくる。
 
段々と瞼が落ちてきて、俺は夢の中で眠り始めた。
 
 
 
 
夢の中で夢を見た
 
 
大野さんが唇に指を立てて、何かを言う


 
・・ないしょ・・・・ひみつってこと・・・?
 
 
 
大野さんが微笑む

そこで、ブツッと電源が切れたように意識が落ちた・・