人の行動には理由があるものだ。
一見らしからぬことでも、丁寧に紐解いていけば、一つの解に辿り着く。
その日、二宮に入った連絡は、まさにその事を思い出させるものだった。
二宮の家を訪れた日の翌朝、大野智は退職届を出し、SPの職を離れていた。
理由は「個人的事情」。突然の行動に上は待ったをかけたが、更に上からの圧力がかかり、すんなりと受け入れられたらしい。
二宮にそのことが知らされたのは、一週間も後になってからだった。次のパートナーをどうするか、という話と共に聞かされた。
嫌な予感がして、部屋を飛び出し階下に降りた。
郵便受けを開くと、貯まったDMのチラシや封筒に紛れて鍵が置いてあった、恐らくはあの日の朝、そのまま入れて帰ったのだろう。
大野が消えた。呆気なく、去って行ってしまった。
なんの未練も
言葉すら、残さずに。
鍵の存在で、喪失感だけがリアルに伝わってくる。
そうか
使い捨てたのか
この鍵は俺だ
俺を捨てた
「あんの野郎・・!」
反射的に壁を蹴ろうとしたが、既の所で止めた。そんな事をしてる場合じゃない。やることは山ほどあった。
ふざけるなよ・・!捨てるなら俺の方からだ。何としても見つけ出して、俺の方から捨ててやる・・!
歩きながらスマホを取り出した。画面の上で指を滑らせたが、その指もまた震えていて、スムーズに動かなかった。
「・・・チッ・・!」
二宮は大きく舌打ちをした。不甲斐ない反応を見せる自分自身に。
指が震えるのは怒りのせいだ、ショックを受けたからなんかじゃないと、自分に言い聞かせるように心の中で繰り返し、部屋まで戻った。
大野すら入れたことのない仕事部屋に入ると、やっと大きく息を吸えた。コントロール外にあった「自分」がようやく手の中に戻ってきた感じがした。
ドキドキと焦らせるように打っていた心臓の音も普通になった。
キーボードに触れた時、手の震えも治まっていた。
そして、悔しがった自分を恥じた。
あの夜に見せた大野は、嘘じゃない。俺を切ったのは、捨てたからじゃない。
恐らくは、何かをする為の準備・・
「・・さて。
どこで何をする気なんだろうね・・。あのバカは・・」
仕事も辞め、身辺整理もして・・となれば、やることは恩返しなんてものじゃない。
右澤家の周りから攻めるのが一番早い気がした。
とりあえず仕事は保留だ。あっちが辞めるならこっちは休暇を使ってやる、と二宮は上に連絡をした。
上は渋ったが、そもそもフリーの契約だ。無期限休暇というとんでもない内容でも、納得せざるを得なかった。
自由の身になり、改めて大野の軌跡を探し始めた頃、スマホが鳴った。この前会ったばかりの名前からだった。
「もしもし」
「おはよう。
ごめんね。起こしたかな?」
「いえ、起きてましたよ。どうしたんです?」
太田は優しい男だが、世間話の為だけにわざわざ連絡してくることはない。
「ちょっと気になってね。
わざわざ君が調べてる右澤家のことだったから。
相手のことは、もう聞いたかい?」
「なんの・・ことですか」
「結婚だよ。結婚相手。
娘が今度結婚する相手は元SPらしい。名前は大野。
どう?これは役立つ情報だったかな?」
「・・太田さん!」
なんというタイミングだろうか。
「ありがとうございます。愛してる!」
「おいおい。そんな事を元彼に簡単に言うなよ」
「元、彼・・ですか?」
「少なくとも、俺はそう思ってるよ」
良く出来た男だ、と二宮は感心した。
寝る為に抱かれたがるこんな俺を、セフレ扱いにもしない。
「この前も言ったと思うけど。いつでもまた頼ってくれていいから。
未練がましいと笑ってもいいぞ」
「・・・笑ったりしませんよ。
ありがとうございます・・」
それしか言えず、電話を切った。
あのバカを見つけ出して、何考えてるか分からないけど、それをぶっ潰して
呆然とするあいつの前で「ざまーみろ」と高笑いしてやろう
そう考えたら、俄然やる気が溢れてきた。