「キスして・・・」


ベッドに下ろされる寸前、首に腕を絡めてねだり、誘う。

それは、この館に来て最初に教えられたこと。そしてここで始まることへの合図。
 

「したいのか?」

「・・・え、」 


え?


「あの・・」


ベッドに腰掛けたのに、僕は寝かされもせず、この人の腕の中に抱き抱えられたままで・・キスもされないでいる。


「・・本当に、キスしたい?」


キス・・・


したいか、したくないかなんて考えたことがなかった。

『しなければならない』ものだったから・・


「しない・・ん、ですか・・?」


色んな意味を含めて言った。どうしよう。この後はどうしたらいいのか。

こんなのは初めてで・・


「もしかして」


理由は僕ですか、と聞く前に口を手で押さえられる。

それから、ゆっくりと唇をなぞられた。


「ここに来たのは、お前が気に入ったからだ。お前がしたい事をすればいい」


髪を頬を、優しく撫でられる。

息がかかる距離。このひとの瞳の中に映る僕まで見えるほど・・

その時、気づいた。

僕が、・・僕の唇が、この人のそれを待っていること・・

その時、僕の気持ちを確かめるように、親指が唇を押してきた。


「したい・・・です・・・」


ドキドキする。心臓が飛び出してしまいそうなほど・・

そして、震えながら開いた口の中に、その指を招き入れた。







ちゅ、くちゅ、と濡れた音をたてながら、指に舌を絡める。

孔雀の面の下から、そんな僕を優しげに見つめてくれる。

外の世界のことはよく分からない僕でもわかる。
ここに来るお客さまは、皆お金持ちで『特別な』人達ばかり。

その中でも、この人は少し違った。

浮世離れしているっていうか・・現実感が湧かないんだ

こんな場所にいる僕が言うのもおかしいけど

夢の中にいるような感じ・・





「そんなに、キスしたい?」


折角聞かれたのに、舐めるのに夢中で答えられない。見たらわかる筈なのに・・と、顔を更に熱くしながら、首を縦に振ると


「・・っあ・・・」


指が引き抜かれ、顎にかけられた。


ん・・・ン、ん、・・


唇が重なってくる。指が舌に変わり、今度は僕の舌を絡め、その舌先がなぞりだす。
 

「・・ゃ・・」


そんなとこ、だめ・・

・・溶けちゃう、よ

キス、なのに・・

キス・・・しか、してない・・のに




涙がこぼれる。気持ち良くて、本当の「仕事」を忘れてしまう。


どうしよう・・

この人に暴かれたい・・全てをさらけ出して、この身を捧げたい・・・

溶かされて、楽になりたい・・




違うのに

僕の役目は『接待』で・・。ここでキスをしてセックスをして・・媚薬を使う。

薬で溺れさせ、主人に都合の良い取引を成立させる・・こと・・

そう、しなきゃ・・・いけない、のに・・・




溺れてしまう・、


首に絡めようとした腕をとられ、頭の上でひとまとめにされた。


「ぁ、あ!」


合わせの服がはだけた。胸も下も硬く尖って、濡れているのを隠せない・・

恥ずかしい・・でも

欲しくて欲しくて、腰を動かしてしまう僕を・・見下ろしてくる・・目が・・もう・・


「ほんの気まぐれだったんだが・・お前に会えたのは、どうもそうじゃないらしい・・

どうする?共にくるか?」



共に・・?この、不思議な・・ひと、と・・?



のぼせた頭がその言葉の意味をゆっくりと理解し終えた時、ゾクゾクと全身が震えた。




行きたい

鳥籠の様なこの場所から連れ出してほしい・・



それにそれに

この人と、ずっと一緒にいたい・・・



「気まぐれも、たまにはいいものだな」


腕についていた鎖飾りを外し、僕の手に付けた。少し重くなった右手。


「これを付けておけ。

三日後にまた迎えに来る」

「三日、後・・?」

「その日が満月だ。その時まで俺のことだけを考えていろ。

いつでも・・寝ていても」


くすっと口の端で笑う。


「寝ていても・・?」

「そう。・・夢の中でもな」


手が伸びてくる。顔にふわりと掌がかかり、視界が遮られた。

いい匂いがする・・目を閉じ吸い込むと、庭で見た孔雀のイメージが頭に浮かんだ。



掌が遠のき、ゆっくり瞼を開けると、僕はベッドに一人でいた。


「お客様?どこ?」


ベッドがら飛び降り、扉に手をかけた。探さないと。



・・・ちょっと、待って・・



頭の中で声がした。


探してどうする?あんな消え方をしたんだから、多分見つからないだろう。それに泥棒ってわけでもなさそうだった。

何より、アハマドにこの事が知れたら。

少し怒って、それから他の客をあてがうだろう・・。

そうしたら、あの人のことだけを考えるなんて無理だ。きっとあの人はもう来ない・

扉から手を離し、ベッドに戻った。


「不思議な・・ひと・・だったな・・」


腕飾りは、銀で出来ていた。孔雀の姿が象られ、この人と同じ孔雀の羽がついている。

あの人がそばにいるみたい・・



「・・・ッ・・・」


あの人は、どんな風に・・触るのかな・・・



あの目を思い出しながら、胸と下に手を伸ばした。

キュッと摘むと体が跳ねる。自分の手なのに、あの人の手のような気さえする・・


「ゃ、・・ん、ンッ・・・」


くちゃくちゃと粘り気のある音が耳に入ってくる。

あぁ、と熱い息を漏らしながら、脚の間てわ手を上下に動かした。

頭の中はさっきの瞳だけ

見下ろされていた時の、あの・・何とも言えない服従感が僕を更に興奮させる。




すき

すき、すき・・好き、です・・・ッ・・ァッあああっ




ベッドと体を汚して、果てた。その先には、やはりあの人の瞳があった。




見てますか 見えてますか

あなたが好きです

あなた、だけ・・






落ちるように眠ると、夢の中でも本当にあの人がいた。


「よく出来たな」と褒められ、キスをしてくれた・・


そして、夢の中で

僕は望み通り、あの人に抱かれた。

孔雀の羽が、舞う中で・・