「初めまして。〇〇新聞の後藤と申します。」


二宮は地元の新聞社の記者を名乗った。偽の名刺を渡し、過去の事件を調べていると告げた。




「そうですか・・。

富士岡さん・・のことを・・」


住職の息子は、富士岡康太と同級生だった。当時は死因が事故か自殺か分からないことで、勝手な憶測が飛び交ったらしい。それこそ、故人に失礼なことまで。


「亡くなった方には聞けませんからね。でも、・・」

「でも?」

「・・あ、いや。もし、自殺だとしたら・・

耕太君には恋人がいたんです。彼女がもし生きていたら、また違ったんじゃないか・・などと考えてしまうんです。」

「恋人が、いらしたんですか」

「ええ。綺麗で控えめな子でね。耕太君より一つ年上で。当時は大学生でした。

何故あの子が・・自殺なんて・・」


恋人のことは初耳だった。遺書もあり、自室で首を吊った姿で発見されたとあって、警察も簡単な捜査だけで直ぐに自殺と判断したらしい。


「遺書には、理由が書いていなかったんですか?」


住職は首を横に振った。


ご家族に見せてもらったが、「ごめんなさい」とだけ、記されていたとのことだった。



住職は顔を上げると、一つの墓石に目をやった。立花家ノ墓と刻まれている石はまだ新しい。それ故に見ていると切なくなる。


「耕太君は暫く何も手につかなくて・・毎日のようにお墓の前にいました。
彼女の四十九が終わり、少し前を向いてくれるかと思っていたのですが、まさかご家族であんなことに・・」


住職が手を合わせた。

寺の境内には沢山の萩の花が咲いていた。紫の小花は風に揺れながら、ただそこにある。



人の無力さ

生きていて欲しかったと願うのは、残された側のエゴなのだろうか。








二宮は礼を告げ、寺を後にした。

わざわざ出向いた収穫はあった。自殺をしたという耕太の恋人。その理由は明かされていない。

その後の富士岡家の事故と、耕太から大野への臓器提供。

大野は、どうやって臓器提供者のことを知ったのか。それに、右澤はどこに関わってくるのか。




ただ、人の死を暴くには、いつも代償が付き纏う。

心の傷であったり、次なる人の死であったり・・。どちらにせよ、嫌な予感しかしない。


   

「厄介なことだとは覚悟していたけど、ねぇ・・。」


首を回すと、ポキポキと音がした。

恐らく時間が勝負の鍵を握っている。二宮はタクシーも走らない田舎道に舌打ちしながら、バスを待った。