画面を見つめる二宮の目元に、微かな笑みが浮かんだ。

 
 
「へぇ・・?
 
一丁前に俺を拒否るつもり?初めての男だっていうのに」
 
 
画面上に光るerror message。この入口を開けようとするのは二度目だった。
 
当たり前といえば当たり前だが、以前使った手はもう使えなくなっていた。
 
だが、実のところ、ここのセキュリティの基礎を作ったのは二宮だ。抜け道は他にも知っていた。
 
二宮の瞳の中に、スクリーンのブルーライトが映りこむ。
 
 
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彼の意識は、自身が作り出した電脳と記憶の海の中へ飛んでいた。
 
 
 
 
人工的な光しかない、真っ青な海
 
そこへゆっくりと泳ぐ巨大な魚が現れた。それは二宮が持つイメージでしかなかったが、魚の鱗の一枚一枚は、それまでに二宮が手掛け、忘れないようにとメモしたもので出来ていた。
 
 

 
二宮は、海の中をこの魚と並んで泳ぎ、遊び、メモを見つけていく。
 
 
 
「・・ほら。これでいい子にしてろよ?」
 
 
軽快にenter を叩くと、今度はシステムのトップページの画面になった。
 
 
「マジ?いや。俺が凄いってことなんだろうけどさ。
 
でも、日本のシステムの未来。これじゃ、やばいよな」
 
 
自画自賛したり、心配をしてみたり。
 
それでも手だけは別の生き物の様にせわしなく動かす。
 
誰にも知られず、まんまと目的の情報網の中に潜り込んだ。
 
 
 
 
 
とはいえ、長居は禁物だ。こういったハッキングは足跡を残しやすい。
 
ただ、嫌な予感はした。
 
何故、ここまで隠すのか。たかだかSPの過去を・・。誰が、何のために・・・?
 
 
 
 
こういう時は、大抵嫌な人間や事件が絡んでくる。
 
権力と金。それに対する物騒な感情。
 
大野が絡んでいるのは、権力か、それとも感情か・・・
 
分かっているのは、大野、右澤、富士岡の3人。
 
これを繋ぐ点や線を探すしかなかった。
 
 
 
右澤家はお偉いさんだけあって、調べるのは容易かったが、逆に点になりそうなことが多すぎて困惑してしまった。
 
 
右澤家は、当主本人が厚労省トップからの天下り組。お役所と製薬会社のどちらにも顔が利く。
 
裏取引なんて、掘れば掘るだけ出てくる気がした。
 
気になったのは、家族構成だ。
 
一人娘かと思ったら、歳の離れた兄がいた。大学入試に失敗し、もう十何年も引き篭もっている。
 
逮捕歴はないが、補導歴が一回。
 
 
「夜間の外出・・?そんな事でいちいち補導するなよ。
 
警察は忙しいんでしょうに」
 
 
 
富士岡家の方は、もっとシンプルだった。
 
家族でドライブ中の事故死。相手はなく、ハンドルを握っていた父親の操作の誤りが原因とされていた。
 
事故は、右澤兄が引き篭もってからのことだったが、何かひっかかった。
 
そして、大野。
 
彼の保険証情報から、その時期、大きな手術をしていたのが分かった。しかも、時期が富士岡家の事故と重なる。
 
もしかしたら
 
 
「ここ掘れ、ワンワン」
 
 
二宮の声がワントーン上がる。お目当ての匂いがする、と上機嫌にキーを叩いた。
 
大野は移植を受けていた。角膜と心臓。
 
そして臓器提供者は「K.F」。
 
「F」は富士岡。Kは、息子の「耕太」と考えても良さそうな情報だ。
 
だがここで、更に疑問が湧いた。
 
 
 
臓器提供者のことは極秘事項になっている。特にドナーには絶対に教えたりしない。
 
では何故
 
大野は、富士岡家の墓にいた?
 
 
 
 
うーん、と唸り、頭をかく。そういえばもう何日かちゃんと寝れてないことを思い出した。
 
そろそろ、熟睡したい。
 
 
 
ダメ元で、大野にLINEをいれた。すぐには既読はつかないのは知っているし、既読スルーされたことも山ほどある。
 
 
「・・・風呂入ろ」
 
 
返事は期待していない。
 
二宮は、浴室に行くと湯を溜め始めた。