仕事がオフの日、大野はラフな格好で過ごす。


髪の毛は洗いざらしで、服はTシャツとデニム。服装だけでなく自然と姿勢は猫背気味になり、目つきも柔らかくなるから、印象が全く違うものになる。

もし知り合いが見かけたとしても、大野だと気付く者はそういないし、わざとそうしていた節もあった。
 
大野はオンとオフをしっかり線引きしていた。交わらせる気はなかった。

 

この休みは秋晴れで、大野は一人バスに乗り郊外の市営の墓地にやってきた。バスから降りると、気持ちのいい秋風が吹いていた。


 


思わず空を仰ぎ見ると、高いところにいくつものすじ雲が流れている。
 
まるで大きな白い鳥が羽を広げているような、そんな空だった。
 
 

 バケツに水を汲み、手に下げて歩くと、時々溢れた水が道路を濡らした。

墓石を清め、丁寧に拭く。花を添えると、最後に長く手を合わせた。
 

「だいぶ近づいた。もうすぐ・・・かもしれない。
 
・・待っていてくれ。
 
必ず。奴は、そっちへ連れていく・・」
 
 
誓うように呟いた。口にすると叶うという。

墓参りを終え、来た時と同様にバスに乗った。窓を5センチほど開けて、秋風を感じながら目を閉じた。次に来るのはきっと冬か春だろう。
 

 その頃には、願いが叶っているといい・・



 
その頃、二宮は都内にある自室にいながら、それをリアルタイムで見ていた。

パソコンの画面には、バスに乗り込もうとする人間が映っていた。その顔の辺りにカーソルを当て、拡大、拡大、拡大・とクリックした。


「これが限界、か」

 
バスが発車して暫くたった頃、すぐ近くの竹林の向こう側から直径20センチにもならないドローンが姿を現した。

飛行距離と撮影距離が通常品の何倍もある、二宮が特注で作らせたドローンだった。大野の家からずっとこれに尾行させ、バスから降りてからは、竹林にまぎれこませて撮らせていた。

大野は行ってしまったから、もう隠す必要もない。堂々と墓石の前まで飛ばせ
 
ドローンのカメラが墓跡の名前を捉えた。
 
 
「富士岡・・?」
 
 
墓石に刻まれた耳慣れない名前に、二宮は首を傾げた。

大野の過去については、調べれるだけ調べ上げたつもりだったが、この名は初耳だった。
 
だが、大野にとって、墓参りに来るほどの関係者ということになる。


「ふぅ、ん・・?」


まだ分からない部分、か・・・





「仕方ない。面倒だけど、あそこを覗くかな」


まだ手をつけていないデータベースがある。

厳重に鍵をかけられた、上の更に上の命令でしか見られないデータ。

それをハッキングするのは御法度だ。たとえ二宮でも厳罰が下る。
 
 しかし、元はハッカー。「仕方ない」と言いつつ、内心はワクワクしていた。