ベートーヴェンのソナタとは長い付き合いだ。
中学生のころから、今の今までず~~~っとどれかを弾いている状態。
中学生のころなんかは、酷くって、ただただひたすら音符の羅列を追うだけ。曲にすらなっていなくて、とりあえず弾けた音楽ではない何かの状態だった(笑) 大学に入って、「4分音符の長さが違う。そこからだね」と言われる始末。
今、リサイタルなどで演奏するようになってベートーヴェンのソナタに思う事。
非常に、非常に難しい技術テクニックを求められるソナタである事をひしひしと感じます!!![]()
こんなことがピアノでできるかぁっ!と叫びたくなるほど。(特に18番とか発狂レベルです)
そして、緻密な構造。このベートーヴェンという人は、ピアノもかなりうまかったし様々な楽器の奏法も学んで熟知しているという事で、ピアノと言っても今のピアノではなく古楽器~フォルテピアノのあたりだ。本人が生きている間に、かなり改良をされたピアノも出たくらいなので、鍵盤音楽史上に位置するのが、この32のソナタだとも思う。
そのため、多分。1番~32番は初期・中期・後期と分けられるのだけど、時代別のピアノの奏法によって書き分けられているような・・・気もする。なので、私は個人的にはやっぱり鍵盤音楽史的なものを、実践的に体験することは重要だと考えている。
特にプロとして演奏している者にとっては必須事項。私は、それになぜ気が付いたかというと自分自身が専門でチェンバロを学んでいるから。チェンバリストになりたいのではなくて、そのあとに継承された作曲家の曲を知りたいから習っている。特にバロック期の「即興」という習慣や、バロックの音楽様式は西洋音楽の要のようなものだから、知らなければバッハはおろか、ショパンもベートーヴェンもシューベルトも一生分からぬままなのである。
よって、私は古楽器はピアノの専門家であればあるほど、しっかりと習うべきかなと思う。
ところで、現在生徒さんがが1番のソナタをやっていてレッスンを進めているところ。
この曲は本当に誤解されまくっている演奏ばかりが巷に溢れていて・・・なんか悲しくなる。
実は、2月に自分自身のコンサートでベートーヴェンのテンペストの1楽章を演奏した。古楽器奏者の方のレッスンをあえて受けていた。修辞学的な観点からのベートーヴェン像は、目から鱗だった。奏法も、やはりピアノだけでは全く想像もしないような音色が浮かび上がってきて、ベートーヴェンという人の32のピアノソナタに対しての、ただならぬ殺気を感じたのだった。
これまで、ジャジャジャジャーン🎶のベートーヴェン像。ピアノでいえば、月光・悲愴・熱情など。そんなイメージが強くって、激しく怒り狂うベートーヴェン像のまま、弾いてたわけだけどテンペストは全く違う。どちらかというと、チェンバロのように「語り」の要素が強くて、sfですら、本当に意味を考えないととてもとてもおかしな演奏になる。
その下地があっての1番のソナタ。これは完全にフォルテピアノの華奢な世界観のなかで、「語り」を紡いでいく感じ。
もっと早くにこの曲をやっておけば、テンペストはもっともっと理解し易かった!!!と思った![]()
この曲を持ってきてくれた生徒さんには感謝しなければいけない。
1番は1楽章の冒頭のスタカート。これは版によっては、涙マークのような長細いスタカーティシモのような記号になっている。そもそも、スタカートは音の約半分だし、涙マークは音を響かせるというマークだそうだし、どう考えてもかなり長い尻尾のついたようなスタカートにすべきなのに、なぜ物凄く切れ味の良い、スタカーティシモ になっている演奏が多いのか?そもそも強弱だってpです。だから鋭さは伴うはずがなく。じつは、ベートーヴェンのソナタはこの謎なスタカートから検証することが課題のようだ。
私の大学在学中に師事した教授もこのスタカート一つにとても悩んでいた。どうやって弾くのか。と。
でも、やっぱり様式とか古楽器とか、オーケストラで考えたときに出てくる答えはただ一つ。
響きを伴った、スタカート。弦楽器のように。イメージはピアノの音ではない。と、私は思っている。なので、しいて言うなら 「響きを伴った豊かなスタカートの音で」と言いたい。
ベートーヴェンでの、ピアノの奏法はこのようにスタカート一つとっても、吟味すべき事項が多々あって、彼の「書き癖」のようなものも多々あるので・・・やっぱり、中後期でそれを学んでからの初期の作品がいいかもしれない。
難しいものを先に学ぶと、それだけ情報量が多いので・・・その状態で初心にかえってみると。なぜその後期が難しかったのかの理由を目の当たりにする。そして、その作曲家の初期の作品がいかに完璧な状態であったか。を思い知る羽目になる。
ベートーヴェンだけじゃなくて、ショパンやドビュッシーだってそう。
彼らは初期の作品から完璧で、非の打ちどころもなく、宇宙と同じように全てが完璧に整っている。ここに、バッハを感じずなにを感じるのだろうか。と私は思う。バッハが宇宙だよ。という意味を改めて考えさせられるよね、という事になってくる。
皆さんは、難しい曲をどのような視点で見つめていますか?作曲家の初期の作品を今一度眺めてみて、どこが完璧で美しく素晴らしいのか発見するという作業は、芸術の観点に触れる尊い作業ですので、ぜひぜひ!!触れてみてほしいです![]()
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ちなみに。このベートーヴェンのソナタ1番の第二楽章はこの上ない、極上のアダージョの曲です。アダージョは、「ゆったりと」だけでなく、音楽的な語りを求められる非常に高次の音楽です。とてもとても難しい自然な呼吸。そしてバロック調の装飾の技術テクニックが要る。これを自然でまともなルバートで演奏している演奏は、聴いた事がないので・・・残念ながらyoutubeなどでは探せないかもしれない。(19世紀の古いピアニストたちならいるかもしれないが、探しきれていません)
幸いな事に、この二楽章は弦楽三重奏の曲でもあるようなので、そちらで聞いた方がよいかもしれない。とにかく美しく、清らかな、まだ絶望という苦しみを知る前の貴重なベートーヴェン像が堪能できると思います。Op.2という若い作品なのに、すでに完璧で打ちのめされるのです。ベートーヴェンの凄さは、こういう所で発見できるのだなと思わされました![]()
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