来年2月にコンサートを開催します♪まだ先ですが2026年2月11日(祝)ミューザ川崎シンフォニーホール4F市民交流室です
かなり久しぶりです。ある試練を乗り越えたので(笑) 開催を決意。
このブログでもたびたび書いてきましたがこの数年は古楽というバッハ以前のバロック初期のあたりの時代音楽をチェンバロを通じて習っていました。それと並行して、音楽史(バロック音楽・精神史)の授業も受けたりと、私の疑問の行きつく先は、いつもこの時代で求めた音楽の答えの宝庫でした。古い時代のスタイルは、そのあとに続く作曲家に深く深く根付いた習慣でした。ただ、時代が新しくなるにつれて段々とその「演奏習慣」も廃れていったそうです。なぜかは不明だそうです。ちょうど第一次世界大戦のあたりからと聞きました。もちろんピアノの楽器自体も大きく変化していき、指の力もいるようになっていつしかピアノは「ダイナミック・鳴らすもの」という感じになったように思えます。真逆のpppの弱音美の部分に触れられる事が少ないのはなぜだろう?と思っていました。
私は、ドビュッシーを通じて、どうもその「鳴らす」音楽ではないと思っていて、いろんなところでレッスンは受けてきたのだけど、奏法そのものにとても疑問を持っていました。とにかく弱音に触れないのです(笑) 楽譜ではppやpppだらけ。ただ単に小さな音という意味ではない事は明白です。耳元でささやくような声で、でも明確に意図が伝わる音を出さないといけない。という感覚でしょうか。印象派=ぼや~っとした音。というのが定着しているようですが、絶対に違うと思ってます。むしろかなり主張してくる感じを受けます。私の理想のドビュッシーはもっと繊細で美しく、何の音を弾いても汚く混ざる事がない美しいマーブル模様で音楽に求める音はピアノというよりは、新しい響きのファンタジーに思えて仕方がなかった。だから、現実的な音というよりはその「古(いにしえ)の風」のようなそんな音を追求したいと思った矢先にチェンバロという楽器と出会ったのでした。存在自体が時代を超えたものだったし、この奏法を応用すればピアノでもそういった表現が可能だとすぐに分かり、レッスンを受けてからもう3年が経とうとしています。
また、音楽史はバロック以前の音楽の思想に触れる事で、ドビュッシーの音楽は自然そのものの声である事が分かり、以前から感覚的に思っていたことが解き明かされていきました。また、ドビュッシーだけではなくベートーヴェンやショパンにもしっかりと繋がっていたという事です。昔の演奏習慣というものをほんの少し勉強しただけでも多くの気付きがあったことは確かです。古き良き時代にはそんな素晴らしい事が多々ありました。今回はそこから得た、ピアノの響きにもフォーカスして演奏をお届けしたいと思います♪
今回は学びを共にしているピアニストの友人とのピアノジョイントコンサートになりました。
ぜひ会場にお越しくださりましたら大変に嬉しいです!
ちょっとお堅い感じのタイトルなのですが、カッコつけた感じと思っていただければ(笑)
当日は解説書とトークを交えながらのお客様目線の楽しいひと時を目指します。
ピアノ・ジョイントコンサート
レトリカ・エ・インヴェンツィオーネ
舞曲そして即興、内なる子供たち—古楽的アフェクトと詩的幻想
2026年2月11日(祝日)
会場:ミューザ川崎4F市民交流室
開場13時45分 開演14時(終演16時予定)
チケット:3000円(全席自由)
↓チケットのご予約・申込はこちら。↓

もしくは、直接メールをお送りください★お問合せのみでも可能です
pianolessonkawsaki@yahoo.co.jp
※こちらは個人メールですが、アメブロからの申込特典としておまとめ購入で3人目は無料とさせていただきます★
チラシ画像にあるQRコードだと割引がないのでこちらからがおススメです。
今迄ドビュッシーうんちくをさんざん書いてきていますが、私の担当曲の一部、今回はお待ちかね(笑) 子供の領分を演奏いたします!(他、ベートーヴェンやショパンも弾きます)
Debussyは実はバッハを崇拝していて、彼はバッハをとても自由で響きの美しい作曲家だと称していました。子供の領分はバッハのオマージュではないか、と言う作曲も少なからずいるらしく、特に最初の「グラドゥスアドパルナッスム博士」はお馴染で、バッハのプレリュードに匹敵するそうです。言われてみれば、なんだか構成がバッハの組曲を完全に意識しているような、してないような・・・(6曲セットだし、まさかバッハのフランス組曲を意識??と疑い)
しかしながらにして、フランス人は人と同じ事をするのが嫌なんだそうです。自分が一番!じゃないと気が済まないそうです。
だとすれば、いたずらっ子のようで繊細かつプライドの高いドビュッシー先生が考える事とあれば、第一曲目をバッハを意識したプレリュードとしたら、他の5曲はオリジナルで色々と登場させてくるはずなのでは!?もはや、におわせ的に最初のプレリュード的な曲を持ってきている気もしなくもない。
様々な憶測が頭をよぎります。勿論本人はそんな事は一切言っていません。あくまで全て憶測です。
そう、子供の領分をどうしたってその組曲を意識しているのではないのか?という視点から無理やり見てみると…
【子供の領分】→ドビュッシー風の古典的な組曲(バッハのフランス組曲に倣った風)
1,グラドゥスアドパルナッスム博士→プレリュード
2,象の子守歌→サラバンド風
3,人形のセレナード→踊り(クーラントとか?)
4,雪が躍っている→不明だけど、これはドビュッシーお得意の自然描写、森羅万象
5,小さな羊飼い→亜麻色の乙女のような、小節線のないもの。バッハ以前の時代の様式?
6,ゴリウォークのケークウォーク→ジーグのような舞曲扱い。完全にオリジナル、ジャズの原型のような感じ
というように、ドビュッシー独自の組曲スタイルでもあるよ。と言えなくもないかも。
そもそもこの曲集自体、全ての曲のアーティキュレーション(発音)が超絶に難しくて、私の中ではドビュッシーの中では非常に難曲だと思います。それがチェンバロの奏法にそっくり!!プラス、そこにピアノと言う楽器のペダルテクニックのマスターレベルの難易度が入り込んでくる。とくに3,4曲目は想像を絶します。ピアノのタッチはフルタッチ、ハーフタッチ、1/4タッチと使い分けますが1/4タッチが大量に出てくるのがこの曲集の特徴です。といってもしっかりと弦に触れるので意外と響きはしっかり聞こえるのですが、その塩梅が非常に難しい。ということで子供の情景は、ドビュッシーのピアノ曲の中でも群を抜いて上級テクニックと言えると思います。今回この曲に挑む前は、当然このような想定があったので絶対弾きたくないなぁと思ったのですがやってみたら意外とサクサク進みました!レパートリーには加えたかったので良い機会でした。
ちなみに、作曲家などの芸術家が作品に「子供」と使う場合は象徴として子供は芸術の理想として扱われるのだそうです。
全くもってその通りだと思います。作曲した時期もドビュッシーの中では結構後の方なので、意図的にも合点が行きます。
バッハの絡みをいれてくる、というのも納得です。そもそもドビュッシーは、他の作曲家をけなす(?)ことが評論集では見当たるのだけど唯一バッハとラモーは称賛している感じを受けました(笑)ドビュッシーの音楽原点を辿るとバッハとショパンに繋がります。習っていた先生がショパンの弟子だったという諸説があるので、その先生からバッハの音楽の泉に触れる教育を受けたとありました。今回この曲と向き合って私もその息吹を感じました。歴史って本当に素晴らしいですね!!!
こちらは今回のプログラムです。きいたこともない曲がありますがきちんと分かりやすく解説いれますので、当日は安心してほしいです。プログラムノートというやつですが、私はここに一番力を入れるかもしれない!演奏者独り歩きのコンサートほどつまらないものはないです。こんなに素敵な音楽の歴史があるのだから、それもぜひ共有して時間を一緒に楽しんでもらいたいな、と思います。
~プログラム~
◆G. フレスコバルディ:トッカータ 第1番(第2巻より)
◆F. クープラン:クラヴサン曲集より 修道女モニカ
◆J.P. ラモー:クラヴサン作品より アルマンド イ短調
◆L.v. ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第17番《テンペスト》第1楽章
◆F. ショパン:夜想曲Op.15-1、練習曲Op.10-8
◆J. ブラームス:6つの小品よりOp.118-2,6
◆R. シューマン:《子供の情景》Op.15全13曲
◆C. ドビュッシー:《子供の領分》全6曲
ほか
| 後援 |
洗足学園音楽大学同窓会
「音楽のまち・かわさき」推進協議会
一般社団法人 全日本ピアノ指導者協会(ピティナ)
カワイ横浜
主催:ハルモニア・レトリカ企画

