ついこの間コンサートを終えましたが、タイトルの映像第二集も演奏しました。

 

この曲との出会いは、結構前で・・・私が音大生のときくらい?その当時演奏した演奏は全く何を弾いてるかわからなくて、

なんじゃこのハッキリしない曲は??何が楽しいのか?

という印象が強くてそれ以来ドビュッシーの初期の作品以外に一切興味がわかなくなってしまった、というのを強く記憶している。

 

ところが・・・いざ自身がドビュッシーの世界へ足を踏み入れると、この映像第二集という作品がいかに神秘的で、神がかり的で、宇宙の真理に基づいた曲なのかを思い知る事になるのでした笑い泣き(あくまで個人的に感じた感覚ですので正しいかどうかは不明です)
かれこれ3年目になるかな。
 

本人自身が著書の中で、自然の中の音楽こそが音楽だ。というような事を述べているので、もしかすると自然の枝の擦れ合う音や、風の音が、彼の耳には音程をなってオーケストラのように聴こえてきていたのかもしれないな・・・と思うほどの内容なのです。数年、いや、これは何十年と取り組んでもまったく飽きの来ない、深い作品であることが実感できると思いますので、ぜひドビュッシーが好きな人は弾いてほしい!!

 

といっても、のっけから3段譜面ですので・・・決して簡単ではない曲です。

 

映像第二集

1,葉末を渡る鐘の音

2,そして月は廃寺へ落ちる

3,金色の魚

 

一見、各曲まったく関係のない曲名かと思いきや、取り組んでみると全曲がどうしても日本のイメージが強い。

それも、太古の森(もののけ姫のシシ神の森のような)から、日本を象徴する京都の寺、神道、寺、庭、鯉(金魚?)・・・

この曲はどうしてもそのようなものを感じざるを得ない、とても不思議な感覚になってくるのでした。

 

弾けば弾くほど、その美しい和声に心を奪われ、練習というよりはもう音を味わって、その美しさをいかに響きを調和させるかという、この一点だけに集中力がわいてくるのです。

 

楽譜をよく見ると、大変なことが分かります。第一曲の数小節ですら、物凄い情報量ひらめき電球



第一曲目の葉末を渡る鐘の音の冒頭の譜面です。

分かりやすく声部を色分けしてみました。

 

全ての色通り、タッチも4色になります。しかもPPの世界ですから、mfのような鋭さはない。

具体的には、

 

紫→音価が一番長く、遠くまで響く鐘のような音が必要なので、そこそこ太い倍音を紡ぎだす。消えてはいけない音。G音がA音になる瞬間もハッ!!!としますね。

緑→メロディに値する声部。これまた、鐘のような響き(小)でどこからともなく聴こえる、紫よりは控えめの響きで1音ずつ紡ぎだす

水色→木々の枝のささやき、空気、揺らぎのような、ハッキリとは絶対に弾かない。よって鍵盤1/4程度の表面を撫でるような、指の腹を使た最大にデリケートで繊細な音が必要、しかし一音たりともかすれてはいけない。全音音階がすでに異世界感。

黄色→メロディに対する、対旋律ともとれる動き、鐘の音のように響くタッチ(紫、緑、黄色、の順で音の量を変えるべき)で。ポルタ―トの表記もあるので最低でも3/4ほどの指の鍵盤への滞在があるべき。やわらかいタッチでも響きを伴ってという意思を感じる。

※結局、この場面だけでもガムランの鐘の響きの世界観、なにか宗教的もしくはもっと元の真理(宇宙の)を感じるのは、なぜでしょうチュー

 

とこのように私は解釈しています。ハッキリ言って、最初気が狂うかと思いました。と同時に何たる曲なのか!!とワクワクを隠せませんでした。なんとしても弾きたいという衝動に駆られる始末でした。しかし数か月取り組むうちに、この曲の目指す音の響きのパレットなるものが見えてきて、耳を駆使するしかありません。また、最大限に小さな音をコントロールする緻密な指さばきが必要になるため、指の強度をマックスに鍛え上げておく必要もあります。ガチの手ではなくて、アフタータッチを何度も連発できるような力のかけ方が出来る指の事を言います。

 

この崇高な響きと音を求めると、完成は見えてこない。もっともっと美しいものを求めてしまうから。

だからもっと技術を高めて、形として残したい。と強く思うようになりました。修行あるのみ。次に弾くのは11月!

次はドビュッシーも絶賛したベヒシュタインのピアノで演奏できるので、かなり力は発揮できそうです。

 

そして・・・まだ続きますが・・・

上記の情報から、ドビュッシーが指定する♪=92という速さはとても妥当で、上記の事がゆっくりと再現しやすいテンポとなっていました。

ハッキリ言ってこれ以上のテンポで弾いてるピアニスト!!全然音のコントロールが出来ておりませんゲロー これだけ意図するものが明確で、冒頭で卒倒するほどの美しさを放つ異色の作品なので、どうかどうか、この冒頭に時間をかけて音色の研究を重ねてほしいものです。

 

さて冒頭の木々のささやきと鐘が響き渡るシーンが終わると、ドビュッシー独自の詩的な指示

「虹色にかがやく霧のように」(安川版)

という、???な箇所へ突入。霧は物体ではありません。もやのようなものです。ミストです。実態があってはこまる。

よって連符で和声を創るようにするのですが、すべての音を出すと超絶不協和です。(白鍵と黒鍵ミックス)ので拍頭にあとの和声を

溶け込ませるタッチ(やはり1/4表面上を撫でる奏法)が幻想的な意図された音が出てくると思うのです。ビロードのような粒ぞろえのPPPお願いします!というところ。ピアノを言い訳にしないで、アップライトでも出来るくらい鍛えあげる必要があります!!

 

その虹の霧のトンネルを抜けるとそこは・・・

異世界だった

 

と言わんばかりに、私の頭の中は太古の森の映像がバンっ!!と飛び込んでくる。

最初に譜面を見て弾いた瞬間のその和声は、、、全く分からないけど(ジャズの方にはメジャーなコードのようですが)なぜなのか、、きっとジブリの久石譲さんの音楽の和声と酷似した響きに聴こえてしまったせいだと思うのですが、「The Green」のワードに満たされてしまうのでした。森羅万象の世界。抗えない宇宙との調和。なんとも言えない世界なのです!!ぜひぜひ、ここを弾いてみてほしい。きっとその響きに驚くはずです。あえて譜面を出しません。大木のような森羅万象の世界感です!ドビュッシーすごい!!!ヒントはそこに初めてffの表示が出てきます。

 

そして、そのあと神々しい高次の頂点まで行ったか。。。と思えるほど神々しい世界観に包まれたと思いきや、それは儚くも現世へと下降しはじめるのです。人間界。そこは修行の場。現実。最後に、g-mollへ到達、ちょっと不気味ではかなげな最後の鐘のような嘆きがチラリと聴こえて曲は終了するのです。何たる音!さりげなく<>が表記されてて、ここでもドビュッシーすごい!!!と恐れおののくのですが、なんだか上手く響かせられない、結構難しい場所でした。不協和になるCisがあるので、最後gの響きになるようにペダルをフェイドアウトして調整しないといけません。うーん。それだけじゃないような。勘ぐりすぎか?ぼけー
 

 

この神々の森羅万象の世界から、人間界へ下降を始めるとき(ここは完全に私の主観ですから、曲の解説では決してございませんのであしからず)、私は一昨年訪れた神の山でもある、三輪山を思い出します。大神神社のご神体でもある三輪山は、呼ばれた者じゃないと登れないという言い伝えもあって、本当に怖い場所です。(現に初回は山の入口で体調不要に見舞われ登れませんでしたゲホゲホ

そこに登った時の感覚とすっかりおなじなのです。波動が。この曲は霊的なものも少し宿っていると思われます。全く根拠のない勘ですが。

 

 

さて・・・

第二曲へと参るのは次のブログで。(多分)