Fable Enables 86
瞼の中の光がその力を弱めゆく。強過ぎる光は目を虐げ、今度はそれを癒すように冷たい闇が視界に広がってゆく。
足元に岩場が広がっているのが見えてくる。周囲を岩が覆っているのが見えてくる。上下左右の景色が明瞭になってゆき、自分が日の光の届かない洞窟の中にいたことを思い出す。
暗闇の中に、点々と光が転がっている。足元に抛り出された懐中電灯だ。
その頼りない光に導かれ、俺は周囲に人を確認した。
右向こうには小柄な織口アミの姿が。
斜め前には黙然とした薬師寺ナオキの姿が。
そばには華奢な伊式マコトの姿が。
後方には断乎たる姿勢の真壁マモルの姿が。
左向こうには無頼たる小田切フウカの姿が。
目前には――茫然とした音羽ヒビキの姿が。
「今――、世界が変容しました」
やや離れた所から驚愕に震えた女性の声が聞こえてくる。これは――龍間チトセだ。
ということは――、
俺は「ヒビキの消えた翌日」に戻って来たのか。――いや、その日を迎えたのか。
肝心のヒビキは目の前にいる。
「どういうことなのでしょう」慄きつつチトセは続けた。「音羽さんはこの世界から消えたはずなのに、なぜ世界の変容を経てここにいるのですか」
ヒビキ当人は答えなかった。答えられなかったのかもしれない。代わりにヒビキは俺を振り返った。
どことなく虚ろさを感じさせる瞳だった。本来なら自身が消えることを選んだはずの瞳だった。普段寡黙なヒビキからは彼自身の話を聞くことは稀であった。意図して話さなかったのかもしれない。少なくとも、自身を擲つ決心を止めるほどの信頼関係は築けていなかった。俺は石板の都合に振り回されていただけだった。
ただ、ヒビキは消えなかった。ヒビキが消えたはずの世界がまた彼を取り戻した。その所以を述べることだけならできる。
「元より七人いたからでしょう」
はっきりその所在が見えないチトセに向け、俺は言った。
「ここには元より七人がいた。もし六人しかいない世界が必要だったというのならば、それはこことはまた別の世界で実現されているはずです。あらゆる可能性のパラレルワールドが存在しているというのは、確かあなた方の方便でしたね」
まったく同じ世界が存在していることの問題は、正直に言って俺の埒外である。神様の都合だろうと言い切るしかない事柄である。しかし、神がその事実に拘るのならば、「この世界を無理やり変容させた世界」はどこかにすでに存在するはずである。ならばこの世界は変容させる必要はない。変容させてはならない。ヒビキが自身の存在の消去を願おうとも、チトセが俺の存在の消去を願おうとも。俺が俺自身の存在の消去を願おうとも。
闇の中で、チトセは相変わらず身を固くしている。
「――なぜ進藤さんにそんな確信が持てるのでしょう。六人をここに『復活』させただけの意志が――わたしにはわかりません」
少し間を置いたあと、俺はこう返した。
「自身で自身の物語が見えたからでしょうね」