Fable Enables 53
霧谷カスミは文芸部所属だそうだ。文芸部といえば正式な部室が与えられている貴重な部活動である。俺の何代か前に生徒数の減少により一学年八クラスだったところが一学年七クラスに削られ、余った部屋を見事に賜ったということだ。どうやって賜ったのかは知らない。籤引きかもしれないし直木賞にノミネートされた卒業生がいたからなのかもしれない。
カスミはひとりその部屋の鍵を取りに職員室へと向かった。俺とマモル、ナオキ、ヒビキ、それから小田切フウカは連れ立って階段を上る。くだんの部屋は最上階。文芸部、つくづく優遇されているな。いや、むしろ上下運動を強いられない方が優遇と呼ぶに相応しいか。
「おかしいなあ」
階段を誰よりも綽然と昇りながら、マモルは首から上を重力に任せて傾げさせている。
「どうしたって」
ナオキがその呟きを耳聡く聞きつける。
「いや、俺昨日の朝、K.K.の正体を突き止めようと下駄箱を見張ってたんスけどね。玄関が開く七時半から待ってたんスよ」
「たいした行動力だ」ナオキは言った。それとなく皮肉っぽく。
「けど、霧谷サンの下駄箱に近付いたコはいなかったんスよ。あの女の子なら間違いなく気付いているし、その外のコでもそんな素振りをしたコはいなかったし」
「おとといのうちに届けたんじゃない?」
フウカが言った。運動部で鍛えられているだけあって、長い階段を昇っても息を切らした様子はない。
「おとといか……」マモルは唸った。「でも、あの子と会ったのは夕方の駅前だったんスよ。そこからまた山の上の学校に戻るって大変じゃないスか」
カケル先輩ならしてのける業である。ただ届け主はカケル先輩ではなさそうである。
そこまで思い至ったとき、また嫌な予感がした。通常では考えられない力を持つものであれば、面倒なことをいとも簡単にしてのける。ネコとの邂逅から始まった一連の出来事はその面倒さを伴う不可能性を徐々に帯びつつある。
「まあそれしか考えられないからなあ」
俺は希望的観測からそう言っておいた。