地図にない村79
リカルドは瞳に狂気を宿していった。
「この世の地獄と言うべき光景だった。穴の最深部……カンテラに照らされた光の先に、夥しい数の人間の死体が転がっていたのだ! いずれも死後かなりの時間が経過したのであろう、肉体は完全に朽ち果て、骨がかろうじて衣類を纏っているという有様であった。その恐怖がお前らにわかるか。天然の洞穴は一転凄惨な墓地と化した。余りの酷さに嘔吐するものもいた。現実を正視する事が堪えがたく思えてきた。
多少落ち着きを取り戻した我々は、このような結論に至った。ここに転がっている遺体は、すべて表にある集落の村人たちのなれの果てだと。しかしなぜ村人たちがこんなところで死んでいるのか。始めは『集団自殺』という言葉が頭に浮かんだよ。村人たちは何らかの意志の下に全員で心中をしたのではないかと。だが集団自殺を引き起こすだけの強い意志がこの村に存在していたとは思えない。周辺を調べた結果、この土地は何の変哲もない場所だと判明した。特別な宗教が育まれる下地があったわけでもなかった。その説が却下され次に思い浮かんだのが、何者かがこの村の人間を皆殺しにしたのではないかということだった。突拍子もない説であったが、集団での自殺とは違い、行動に動機が存在するものがひとり――あるいは極少数の人間に限られているということもあり心中よりは受け入れられる説ではあった。その後われわれは発見した。洞穴の最深部に位置していた死体、その胸に位置する場所に鋭いナイフが突き立っていたのだ。これで『狂気の殺人者』説は現実味を増すことになった。この殺戮の張本人は最深部に倒れていた人物であり、その人間は村人全員を惨殺してこの洞穴に押し込めた後に、自らも洞穴の最深部で胸にナイフを突き刺して絶命したのだと。
今でも儂にはこの『事件』の真相がわからない。はたして狂気と化した者が村人を皆殺しにしたのであろうか。もしそうだとしたら、犯人はどんな人物で何を考えていたのか。真相はもはや誰も知り得ない。しかしただひとつ断言できることがあった。ここに転がっている遺体は確かに洞穴の表にある村にかつて住んでいた者であり、何らかの理由で全員が死んでしまった。
恐怖に慄いた我々は一刻も早くこの洞穴を出ようとした。しかし儂は更なる地獄を見ることになった。慌てて来た道を引き返し始めた我々を狙ったかのように、地鳴りがし、洞穴の中に岩の雨が降ってきた。落盤だ。調査員たちは表へ出るために必死で走ったが、儂ともうひとり、同期の同僚が逃げ遅れ、その進路が岩で塞がれてしまった。ああ……儂は今でも考えている。あれはそこに葬られた村人たちの怨念が具体化したものではなかったのかとな。闇に葬られた人々の魂が、我々をも巻き添えにする為に落盤を起こしたのだ。そうに違いがなかったのだ!
逃げ遅れた儂らは表からの救助を待つしかなかった。幸いにしてこのような事態に備えた工事道具は馬車に積んできている。岩が退けられ、退路が確保されるのは時間の問題であった。しかし中に取り残されたふたりにしてみれば事情は違う。目の前にあるのは絶望のみ。待つのは死のみだ。永劫とも思われる時間が経過する間に神経は消耗され、自制心の箍が徐々に外れていった。いつこの暗闇から解放されるのか。表の同僚たちは本当に岩を取り除く作業をしているのであろうか。我々ふたりのことは放っておかれているのではないか。恐怖、猜疑、緊張は時間を増すごとに高まった。何か生き延びるためにできることはないか。そうだ、食糧だ。食糧の確保だ。生き延びるに狂っていた儂は、もはやまともな神経をしてはいなかった。食糧を確保するためにはもうひとりの同僚は邪魔になる。儂はいつの間にか手近にあった石を手にし、暗闇の中、同僚の頭を乱打し続けていた。ピクリとも動かなくなった同僚の姿を、肩で息をしながら見下ろしている自分の姿は、今でも鮮明に思い出せる。そうだ! 生き延びるためにはこれしか手立てはなかったのだ!
結局永遠とも思われる時間が経過して儂は奇跡的にも救助された。同時に儂の犯した殺人も表沙汰になった。これが意味するところがわかるか? この土地は村人達が鏖殺された場所であり、土地開拓士がとんでもない過ちを犯した場所でもあるのだ! かつてここに住んでいた村人たち、そして儂の同僚は今でもあの洞穴に眠っている。まさしくこの土地は、死に魅入られた、呪わしき場所なのだ! この場所は絶対に皆に知られてはならない。それは土地開拓団にとって壊滅を意味しているからだ。この調査旅行はなかったことになり、廃村は永遠に見捨てられることになった。『バトランド』なる地名を記した地図も闇に葬られたはずだった。
しかしだ! その葬られたはずの地図が数十年の時を経て蘇ったのだ! どこから得たのかわからないが、ジダンは『バトランド』の地名が記載されている地図を入手していた。土地開拓団にとって壊滅を齎す地図をな!」

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「この世の地獄と言うべき光景だった。穴の最深部……カンテラに照らされた光の先に、夥しい数の人間の死体が転がっていたのだ! いずれも死後かなりの時間が経過したのであろう、肉体は完全に朽ち果て、骨がかろうじて衣類を纏っているという有様であった。その恐怖がお前らにわかるか。天然の洞穴は一転凄惨な墓地と化した。余りの酷さに嘔吐するものもいた。現実を正視する事が堪えがたく思えてきた。
多少落ち着きを取り戻した我々は、このような結論に至った。ここに転がっている遺体は、すべて表にある集落の村人たちのなれの果てだと。しかしなぜ村人たちがこんなところで死んでいるのか。始めは『集団自殺』という言葉が頭に浮かんだよ。村人たちは何らかの意志の下に全員で心中をしたのではないかと。だが集団自殺を引き起こすだけの強い意志がこの村に存在していたとは思えない。周辺を調べた結果、この土地は何の変哲もない場所だと判明した。特別な宗教が育まれる下地があったわけでもなかった。その説が却下され次に思い浮かんだのが、何者かがこの村の人間を皆殺しにしたのではないかということだった。突拍子もない説であったが、集団での自殺とは違い、行動に動機が存在するものがひとり――あるいは極少数の人間に限られているということもあり心中よりは受け入れられる説ではあった。その後われわれは発見した。洞穴の最深部に位置していた死体、その胸に位置する場所に鋭いナイフが突き立っていたのだ。これで『狂気の殺人者』説は現実味を増すことになった。この殺戮の張本人は最深部に倒れていた人物であり、その人間は村人全員を惨殺してこの洞穴に押し込めた後に、自らも洞穴の最深部で胸にナイフを突き刺して絶命したのだと。
今でも儂にはこの『事件』の真相がわからない。はたして狂気と化した者が村人を皆殺しにしたのであろうか。もしそうだとしたら、犯人はどんな人物で何を考えていたのか。真相はもはや誰も知り得ない。しかしただひとつ断言できることがあった。ここに転がっている遺体は確かに洞穴の表にある村にかつて住んでいた者であり、何らかの理由で全員が死んでしまった。
恐怖に慄いた我々は一刻も早くこの洞穴を出ようとした。しかし儂は更なる地獄を見ることになった。慌てて来た道を引き返し始めた我々を狙ったかのように、地鳴りがし、洞穴の中に岩の雨が降ってきた。落盤だ。調査員たちは表へ出るために必死で走ったが、儂ともうひとり、同期の同僚が逃げ遅れ、その進路が岩で塞がれてしまった。ああ……儂は今でも考えている。あれはそこに葬られた村人たちの怨念が具体化したものではなかったのかとな。闇に葬られた人々の魂が、我々をも巻き添えにする為に落盤を起こしたのだ。そうに違いがなかったのだ!
逃げ遅れた儂らは表からの救助を待つしかなかった。幸いにしてこのような事態に備えた工事道具は馬車に積んできている。岩が退けられ、退路が確保されるのは時間の問題であった。しかし中に取り残されたふたりにしてみれば事情は違う。目の前にあるのは絶望のみ。待つのは死のみだ。永劫とも思われる時間が経過する間に神経は消耗され、自制心の箍が徐々に外れていった。いつこの暗闇から解放されるのか。表の同僚たちは本当に岩を取り除く作業をしているのであろうか。我々ふたりのことは放っておかれているのではないか。恐怖、猜疑、緊張は時間を増すごとに高まった。何か生き延びるためにできることはないか。そうだ、食糧だ。食糧の確保だ。生き延びるに狂っていた儂は、もはやまともな神経をしてはいなかった。食糧を確保するためにはもうひとりの同僚は邪魔になる。儂はいつの間にか手近にあった石を手にし、暗闇の中、同僚の頭を乱打し続けていた。ピクリとも動かなくなった同僚の姿を、肩で息をしながら見下ろしている自分の姿は、今でも鮮明に思い出せる。そうだ! 生き延びるためにはこれしか手立てはなかったのだ!
結局永遠とも思われる時間が経過して儂は奇跡的にも救助された。同時に儂の犯した殺人も表沙汰になった。これが意味するところがわかるか? この土地は村人達が鏖殺された場所であり、土地開拓士がとんでもない過ちを犯した場所でもあるのだ! かつてここに住んでいた村人たち、そして儂の同僚は今でもあの洞穴に眠っている。まさしくこの土地は、死に魅入られた、呪わしき場所なのだ! この場所は絶対に皆に知られてはならない。それは土地開拓団にとって壊滅を意味しているからだ。この調査旅行はなかったことになり、廃村は永遠に見捨てられることになった。『バトランド』なる地名を記した地図も闇に葬られたはずだった。
しかしだ! その葬られたはずの地図が数十年の時を経て蘇ったのだ! どこから得たのかわからないが、ジダンは『バトランド』の地名が記載されている地図を入手していた。土地開拓団にとって壊滅を齎す地図をな!」
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