地図にない村73 | ユークリッド空間の音

地図にない村73

「して」コプシンがぞろりと顎鬚を撫でた。「これからはどうする?」
 ライカはしばらく黙考したのち、こう話し出した。
「どうするもこうするも。結局こちらがどう足掻いても無駄だってことがわかったんだ。それぞれ戸締りを怠りなくして自宅に閉じ籠っていろとしか言い様がない」
「あの……」デミトリーが遠慮がちに声を掛けた。「いっそのこと、村の方々全員がカームズヒルの街に避難されたらどうですか? 街には警察の機構が充実しております。この村がどんな人間にどんな理由で狙われているのかはわかりませんが、少なくとも今の状況よりは事は打開されるはずです」
 驚いたことに、そのデミトリーの提案に、村人全員が難色を示した。
「それは……なりませんのう」首を横に振るコプシン。
「あたしたちはここに居続けなければならないからね」ライカがきっぱりと断った。
「運命には逆らえません」トーヤも暗い表情で呟く。
 また「諦観」である。今回はライカの口から具体的な村の方針について聞くことができた。どのような事情があるのか知らないが、彼らは「ここに居続けなければならない」という。これは村の秘密――レーヌ川の死者に関係があるのだろうか。彼らの言う「運命」とは一体何なのか。
「それよりも」サルスが逆に訊いてきた。「そちらはどうするんで? いつまでもこの村に居続けることはできないんでしょう?」
「ええ」デミトリーは頬を伝う汗を拭った。「大方初動班による捜査も終わりましたので、一旦カームズヒルに帰ろうと思うのですが……」
 デミトリーがちらりとライカの方を見ると、彼女は構わない、といった表情を浮かべた。
「あんたたちはどうも犯人じゃあなさそうだしね。いいさ。村のことは村で何とかする。探偵君もご苦労だったね」
 ライカに揶揄されたアルフォートであったが、彼女の言葉に抗うことはできない。自身はあくまでジダン殺害事件の件でここに赴いたのであって――それも地図の持ち主だという至って消極的な身分でだが――、この村で新たに起こったと思われる殺人に関してこれ以上積極的に関与できる権利はない。土地開拓団の三人が街へ帰ると言ったならば、それに従わざるを得ない。いくらライカにもう一日だけのチャンスを与えられたとはいえ、時間内に事件を解明できないならば村を見捨てる他はない。
 ならば、その制限時間内で何とか犯人を割り出さなくてはならない。この村の人間はみな犯人を捕らえてまで生きることを半ば放棄している節がある。このまま放っておけば村の全壊は免れられないような気がする。それは絶対に避けたい。
「今日の夕方には我々は発つことにします」
 そのデミトリーの言葉がアルフォートの頭に制限時間を刻み込んだ。




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