地図にない村28 | ユークリッド空間の音

地図にない村28

第四章 第二の事件


 午後四時――。
 アルフォートは宿として指定されたガト一家の家のリビングで椅子に座っている。他の家に宿が指定されたロイとクレイヴも、今は同じテーブルに着いていた。各々はすでに自分の荷物をそれぞれが宿泊する家に運び込んである。
 加えて、この家には双子の弟・タルスも来ている。
 あれから村長プライムは、ライカ、コプシン、そしてこの家の大黒柱・ガトを呼んで今後のピサロの処遇について話し合っているようだ。デミトリー、アイリス、リカルドの土地開拓士の三人はこの村の周辺の土地を調査すべく外を出歩いている。トーヤは自分の家で、先ほどのいざこざで脛から出血したサルスの怪我の手当てをしている。ボルカノは、そのまま自宅に帰ったらしい。ふたりの子供、セシルとローラは現在家を外しており、どこかで遊んでいるようである。
 ガトが主となっているこの家は、例に漏れずに木造建築で、小ぢんまりとした佇まいのある至って簡素なものである。玄関のドアを潜るとすぐぐそこにリビングがあり、その部屋を経由して、台所や子供部屋、夫婦の寝室と客間に行けるようになっている。
 リビングの中央には木製のテーブルがあり、その周りに四つの椅子が設えてある。他に目に入る調度品は、小さな食器棚のみだ。天井からは小さな燭台がぶら下がっているが、今はまだ陽が沈んでいないため、その燭台にも炎は灯されていない。
「はい、お待ちどうさま」
 グラディスが温かい紅茶を用意してテーブルに並べてくれた。
「やや、済みません、姐さん」タルスが伊達眼鏡を押し上げながら言った。「相変わらず美味そうですね。これならここに来た甲斐があるってもんです」
「あの」ロイが口を挟む。「ずっと気になっているんですがね、その『姐さん』ってやっぱりグラディスさんのことを指しているんですか?」
 そうなんだよ、とグラディスは相好を崩した。「最初はライカが言い始めてねえ。それが若い連中にうつってしまったって訳さ。もう『姐さん』なんて年じゃあないのにねえ」
「いやいや、まだまだお若いですよ」
 ロイのおだてに、グラディスは、いやだよ、とばかりに手を振った。
 まあしかしグラディスが気立ての良い女性であることには変わりはない。恐らくは寡黙であるのだろう夫のガトと、ふたりの子供の躾をしなければならないことを考えると、彼女の逞しさも窺えるというものである。
「ただいま」
 外からローラが帰って来た。
「おやお帰り。セシルは一緒じゃあなかったのかい?」
「セシルったら棒切れを掴んだ拍子に手を切っちゃって。それで今トーヤさんのところにアロエをもらいに行ってる」
「まったくやんちゃなんだから。ローラ、ちゃんと手は洗いなさいよ」
「はあい」
 ローラはそのまま洗面所に向かい、アルフォートの耳にも彼女が水を流している音が聞こえてきた。やれやれと腰を落ち着けたグラディスは自分で淹れた紅茶を一啜りする。
「ねえ、お母さん」向こうからローラが大声で話し掛けてきた。
「何だい」
「ケーンって、本当にピサロさんが殺したの?」
 突然飛び出てきた不穏な言葉に、一堂は思わず顔を見合わせてしまう。返事に滞っている間に、ローラは手を洗い終えてリビングに入ってきた。
「今、隣のボルカノさんが倉庫で銃を探してるの。誰かが襲ってきた時に対処できるようにって。ねえ、本当に大丈夫なの?」
 不安そうな少女の声。しかし彼女を目の前に恐ろしい可能性を喋るわけにもいかない。
「大丈夫だよ」一語一語噛み締めるようにグラディスが呟いた。「だからローラ、あんたは奥でじっとしていなさい。あとでお母さんが紅茶を持っていってあげるから」
「……うん」
 おとなしく頷いた彼女は、そのまま自室であろう奥の部屋に引っ込んでいった。残された面々は、ふう、と息を漏らす。





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