焔の魔方陣14 | ユークリッド空間の音

焔の魔方陣14

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 クレイヴは、相方のパトリックを連れて、署内の資料室を訪れていた。目的は三年前に起きたダイス家の火事である。
 ギザ事件、ヤヌシュ事件の両現場に顔を出していたセロ・ダイスは、「火事」という共通項で、ギザ・ヤヌシュ事件と結びついている。つまり、三年前の火事に何かあったのではないか、と思ったのだ。
 資料室には本棚が乱立し、照明効果もすこぶる悪い。部屋の奥、デスクが並んでいるところではそれなりの明かりが確保されている。
 クレイヴは、三年前の資料を手に取ると、デスクに腰掛けて、事件の解読を始めた。
 三年前の十月二十日。午後九時。街の北西にあるダイス邸で火事が起こった。この事件で、家主であるハマーン・ダイスが死亡している。その息子であるセロ・ダイスは、火事に巻き込まれながらも奇跡的に助かった。セロは、隣人であるリバスト・エルガーという人物に助け出されたらしい。何でもリバストは、燃えている家に物怖じせず、焔の中に飛び込み、セロを救出したという。
 出火原因について。ここで、セロの証言が重要になってくる。セロの話によると、発火時間帯に、ダイス家に来客があったらしい。ここからが問題なのだが、その後すぐに家が焔に包まれ、セロは恐怖の余り、その前後の記憶を失ってしまったという。どうやら男性の放火犯がいたらしいのだが、セロは、その男の顔を全く思い出せず、リバストに助け出されたことも記憶に残っていなかったという。
「そんなセロが、どうしてギザ事件とヤヌシュ事件に顔を出していたんでしょうね」
 パトリックが訊いたので、クレイヴはない知恵を絞って必死で考えた。
「……こういうことが考えられるんじゃあないかな。ダイス家に火を放ち、ハマーンを死に至らしめたのは、ギザ、ヤヌシュ、モーガンの三人だった。セロはその真相に気付き、父の復讐をすることにした。そして、今回の事件が起きた」
「では、このことを、モーガンに訊いてみる必要がありますね」
「そうだな。この説を元に据えると残る証言者はモーガンしかいない。ちょいと揺さぶりを掛けて、ダイス家の放火との関連を調べてみるか」
 モーガンへの事情聴取。また仕事が増えた。
 パトリックが語調を変えて話し掛けてきた。
「ところでクレイヴさん、気付いたことがあるんですが」
「うん?」
「アリアの姉であるイルルは、三年前に失踪していますよね。よく考えてみたら、この失踪の時期は、ダイス家の火事が起こった時期と一致するんですよ」
「本当か?」
「ええ。しかも、当時の捜査では、イルルとハマーンとの間に親交が認められていました。ハマーンはアマチュアチェスプレーヤーでしたが、詰めチェスの実力は天下一品で、イルルもそれを慕っていたとか」
 とすると、ダイス家の火事とイルルの失踪が関連していることも考えられるのか。
「しかし、ふたつの事件に関連性があるとしたら、どうして三年前の段階で気付かなかったんだろうか?」
「動機がわかりませんでしたからね。結びつけて考えてはいなかったんでしょう」
 今回の一連の事件では、チェスが付いて回っている。とすれば、イルルが失踪したこととハマーンが焼死したことに何か結びつきがあったかどうかを再検討しなければならないかもしれない。
 イルルの立場によって場合分けをして考えてみる。
 まず、イルルが犯罪の加害者になった場合。この場合は、イルルがハマーンを殺し、そして自らの行方を眩ました、ということになる。しかし、セロが目撃した殺人・放火の犯人は男である。この説は矛盾する。
 それではイルルが犯罪の被害者だった場合はどうだろうか。この説を採るならば、三年前の同じ時期に、イルルとハマーンというふたりのチェスプレーヤーが襲われたことになる。これは可能性がありそうだ。
「繋げてみると考えられることがあるな。三年前、イルルとハマーンは同じ犯人に襲われてしまった。そしてその犯人は、ギザ、ヤヌシュ、モーガンの三人だった。今回、ハマーンの息子であるセロが、父の復讐のために、ギザ達を殺し始めた。この説だと、今回の殺人犯人が、わざわざ放火までしていったということに説明がつく。犯人――セロは、ギザたちへの当て付けに、父が殺された現場と同じ環境を再現したんだ」
「その場合、三年前にイルルとハマーンが襲われた理由というのは一体何でしょうか?」
「モーガンにでも訊いてみるか。モーガンたち三人が過去に殺人・放火を行っていたのなら、ボロを出す可能性はある」
 三年前にイルルとハマーンが襲われた動機はまだわからないが、これなら一応筋が通る。
「では」パトリックが話を変えた。「もしそうだった場合は、バベルは事件にどう関わってくるんでしょうか。ギザの殺されたギザ邸も、ヤヌシュが殺されたビスタ記念館も、バベルの設計・建築した建物でしょう? これは偶然なんでしょうか」
「そう考えた方がよさそうだな。第一、バベルにはギザ事件についてアリバイがある。ギザの死亡推定時刻は正午から午後五時までの間。あの日バベルは、午後五時まで事務所にいたらしいからな」
 方針が決まった。
 セロとモーガンに事情聴取。
 それから念のために、ヤヌシュ事件におけるバベルのアリバイを調べておくべきか。


(続く)