Fable Enables(仮)2(仮)
1.Summoners among Commoners
昔、「坂の多い街に住みたい」と思っていたことがある。
たぶん、山にでも登ったときに眼下に広がる街並みを見渡し、心を打たれたのだろう。こんな景色が毎日見られると考えたのかもしれない。
高いところに登ると胸が弾むのは、常ならぬ体験をするからだろうか。それとも支配欲の表れだろうか。理由は色々あるだろうが、その景色が見たいからこそ、急な坂を登ったり、苦労して家や城を建てることを厭わないのだろう。
いずれにせよ、自分が高いところにいるということは、あまたのものを見渡せるということであり、同時にあまたのものに見られるということである。見られるということなのである。「見られること」に気づいたときに俺のいたいけな夢は萎え、そんな自分に幻滅してしまった。自分がちょっぴりつまらない生き物に見えてしまったのだ。
とはいえ、そんな理屈は抜きにして、高いところから遠くを眺めるのはいいものだ。重たい鞄を抱え、学校から駅までまっすぐに伸びる下り坂を漫然と歩くと、ふわりと頬を撫でる風は地平の彼方からのものではないかとすら感じられる。
傾斜に沿って、住宅地が広がっている。小さい頃に憧れたような街並みだ。今ではそう強く住んでみたいとは思わなくなった。「見られること」を意識してしまったこともある。また、高いところに登ることと高いところに住むことは違うと思うようになったこともある。
それ以上に、普通に暮らすうえで傾斜地は便利とは言いがたいと思うようになった。なにより、坂の登攀はかなりの労働だ。高いところからの眺めはいいが、俺にとって、その登攀のメリット以上にそこで暮らすことのデメリットは大きかった。
たまに来るからこそいいんだよな。まあ、学校が山の上だから毎日登っているけどさ。
足の赴くがままに歩を進める。ひときわ大きな住宅街を抜けると、手入れのされていない売り地が続き、その向こうに少々古ぼけた洋風の建物がある。
こぢんまりとした玄関の前で足を止める。
年季が入った板が掲げられ、「一本木」としたためられてある。これだけでは看板なのかそれとも巨大な表札なのかはわからない。横書きであるから、統計から推して看板だろうかと察することはできる。俺自身はここが店であることを知っている。
傾斜に拓かれた住宅地、というのはよく目にするが、宅地から画然としたところに好んで店を構える例は少ないのではないか。ゼロではない。俺のお気に入りの蕎麦屋は市街から車で一時間ばかり山に這入った僻地にある。この場合は「寂然とした森の佇まいを一緒に味わって欲しい」という自然派店主の主張がある。
「一本木」にも相応の理由はあるのだろうが、俺は聞いたことがない。
少々立てつけの悪い引き戸をガラガラと開ける。
古風な見てくれに比べ、屋内には照明が行き届いている。左手には大きな棚とサイドボード。そこに壺、時計、植物、模型、人形、からくり、刀剣など、さまざまなものが無秩序に陳列されている。
いっぽう右手にはラウンジ風のスペースがあり、テーブルが三台ほど設えられている。真ん中のテーブルの上には、学校で評判の菓子店「東雲屋」の紙袋が置かれ、甘い香りが漂っている。
一見、なにをしているのかわからない店だ。俺もよく知らない。一応「骨董のある喫茶店」と思っている。
「喫茶店」スペースの奥から、カタカタカタ……という音がかすかに聞こえてくる。首を伸ばすと、店の雰囲気にそぐわない斬新なスタイルのパソコンの前に、制服を着た小柄な女性が腰掛けていた。
「おい」
俺が声をかけると、ツインテールがぴょこりと揺れ、顔がこちらを向いた。口いっぱいに大判焼を押し込み、くりくりした目をぱちくりとさせる姿は、憎らしいくらいに絵になっている。
憎らしいくらいに。
織口アミは、こちらの思いを見透かしたように、そしてそれを秘めたかのように、黙って口を動かしている。
……こいつなら読心術も可能なのかもしれないな。
『“言霊”ラタトスク』を召還する者なら。
案があれば続く。