コロナ禍が始まる少し前の2019年9月30日にポケットベルのサービスが終了した。
そこに時代の流れや甘酸っぱい記憶の回想を感じる事は残念ながら全く無く、むしろ「まだ、あったのか」と驚かされた。実体験として若い頃に会社から持たされていた事があったが、その頃は呼び出し音が鳴るだけでナンバーディスプレーは、まだ無かった。ピーピーと音がすると小銭かテレフォンカードを持って辺りの公衆電話へ走って行った覚えがある。所詮、出先のスタッフを会社が急いで呼び出すのだから、大概は楽しい内容では無い。ポケベルが鳴るたびに緊張した。心臓に悪い。今思えば、ソコソコのストレス要因であった気がする。
小アルカナに限らず、タロットカードの中でソードは「正義」を象徴していると、当ブログでも以前に書いた。正義と法律は必ずしもイコールの関係にはなく、正義とは属する社会やコミュニティによって違いが生まれ個人差も大きい。高いクオリティのカードリーディングを実践する為には、この事を明確に認識しておく必要がある。宗教的な戒律を例に捉えれば判りやすいだろう。食べても良い食材や礼拝の仕方は、信仰・宗派によって様々である。そして、その個人にとっての正しさ(=正義)が存在する。同様に「作法」「伝統」「習慣」「マナー」「ルール」「社則・校則」「地域性」「約束」「矜持」「体質」等々の様々な法律外の正義が存在する。しかしながら、それらの正義は時によりそれが快適で喜ばしい事でも、難事の拠り所になるとも限らないのだ。我慢や忍耐を伴わざるを得ない決まり事であったり、失意と失望にまみれた避け難い現実となって身に降りかかる事もある。
また、小アルカナのソードは「風の属性」を司り、風の性質の一つにはコミュニケーションがある。声は空気(=風)の振動で伝わる。と覚えれば捉えやすいのではないだろうか。画像のソードのナイトは、事態の急変を現している。よってリーディン上の意味に「電報」「訃報」などが見受けられるてもいる。かつてはここに「ポケットベル」という意味も加えていた。さしずめ今日においては「迷惑メール」を入れておくべきだろう。
同じカードが時代によって意味が変わるメカニズムについては、いずれ別の機会に触れる事とする。

タロットカードの構図中で時折出現する人物の表情さえ見えない「後姿」に込められた意味とは?
この謎に端的に答えるとすれば、『背中には目が付いていない』である。冗句で茶化している訳では無く、至って真面目な話なのだ。とは言え些か不親切な言いようであろうから多少の解説をしておこう。多くのカードに描かれる正面や横を向いた人物が必ずしも辺りを見回したり、振り返ったりしては居ないのだが後姿で人物を描く事で誇張している表現の意味は、「後ろを見ずに前だけを見ている」つまり「過去に頓着せず、これから先の事に意識を向けている」なのである。この件に限らずタロットカードに於ける表現には多面性が在り、一概に吉兆を現してはいない。依って後ろ姿で描かれる事が即ち凶事でも無ければ、必ずしも事態の暗転を予言してはいない。がしかし、その場合も在る。カードリーディング上は、そこが難しいところでもありまた面白く深淵なタロットカードの魅力でもある。
一例を挙げれば「一心不乱に一つの事に高い集中力や根気を以って取り組む事」と「周囲に配慮や関心を十分に注がず利己的になる」は表裏一体であるばかりか同義語の様に取り扱われることになる。
画像の人物は、地域経済に大きな影響力のある領主か網元の倅(せがれ)と言われている。生まれ落ちた時から来るべき世代交代の時を想定し、次のリーダーになるべく大きな期待を受けて育てられて来たのであろう。なに不自由の無い環境の中で教育を受け、本人の志も高く先代の偉業を受け継ぎ更なる発展を目指している。幼少の頃から、その事だけを目指し心に強く誓い成長し、いよいよその日を迎える事になり、このワンドの3のカードに描かれる青年の「後姿」を見ているのは彼の父親なのである。
2022年に20歳に達した若者の人数は120万人ということであり、年々その数は減少している。これは、この国が抱える深刻な課題の一つであるが将来この中から国民栄誉賞やノーベル賞を受ける者が居るかも知れない。それどころか日本の、いや世界のリーダーになる人物が現れる可能性だってあるのだ。かつて、不甲斐無い若者であった自分に猛省と自戒の思いを持ちつつも彼らには大きな期待を寄せる自分がいる。若者達よ頑張れ!そして君達の夢を叶えてくれ。大人達と社会は、君たちの活躍を後ろから暖かく見守っているのだから。

人生の日々が楽しい事ばかりの連続ではない。辛い事も悲しい事も起きる。時には、予期せぬトラブルが折り重なって発生することだってある。
人は、幸せで健やかな時を「良い状態=基準」と捉え、それが成されない時を「悪い状態」と扱う傾向が強い。良い状態が続く事を望み、悪い状態を避けたいと願うのだ。
しかし、この世も人の人生も変化の連続である。あたかも明るく温かい昼と暗く寒い夜が存在するかのように。タロットカードにおいて<月>は「変化」のシンボルであり、そこから「不安」「幻想」「影響」などの意味を読み出す事が出来る。夜のおぼろげな月明かりの中では遠くを見渡す事が出来ず、足元もおぼつかない。月の満ち欠けや流れる雲によって月の様子は変わり常に一定ではない。もとより月の輝きは日の光の反射であって自分自身の輝きではない。これらの暗示は総じて、喜ばしい現象・心象ではないが決して既に確定要素の凶事ではないのだ。どころか、それらは単なる思い過ごしや取り越し苦労で、暗い夜道を心細くも進んだことで到達できる場所もあるのだ。多く苦労した者が注ぐ愛は暖かい。傷を負って立ち直った者は更に強くなる。誰かに裏切られても一人になったわけじゃない。
78枚すべてのカードに、単体で良いカードも悪いカードもない。<ⅩⅨ 太陽>が良いとも強いとも言えず、<ⅩⅧ 月>これだけで悪いカードでも無ければ、凶事を示してもいない。
明るい昼間に活動し、静かな夜間に休息する。そこに、良いも悪いもあるはずがない。どちらも必要不可欠かつ表裏一体。
辛い事が起きても失意の中に沈む時が有ろうと、やがてまた日は登るのだから今は静かに心と体を休ませればよい。むしろ、夜を歓迎するぐらいの気持ちを持つのも悪くない。
