夢をまたまた 見てしまった。。。
お腹のまんなかあたりから ゆったりとして 声はれいれいと響き 抑揚も
韻もうっとりとするくらい
きれいな男性か女性か わからない音域で 理趣経は響いてきた。
ああ。。。夢の世界なんだろうけど いつも 頭の中で 思い描くものだと
ばかり 思っていたら
腹の中から 湧き出る夢もあるのだなあ。なんて ゆったりかまえていると
その理趣経とお香の煙の 奥に平安時代によく見るような建造物の中
で、神々が仏と向き合って
なにやら 思案顔に話し込んでいた。
そもそも。。。。
現在のひとに教えを説く道筋を それなりの 学者達には 夢にて
導いてきたつもりだが、 最近の学者は 我々を否定し
政治に関係した役人どもの 言いなりになり 本来一番難しい今の
子供達の教育を怠っている。 と 怒りと悲しみに満ちた表情で
とつとつと 話している
まずは かように 語ったと 理趣経のお経に吟じて
とうとうと 語る。
ああ。。。 あの理趣経のお経は この会議が聞こえてきていたもの
だったのか と 納得する。
さてさて。。。 ひとの 子は 無限の脳力を持ち合わせておるなり。
子は 生まれ出づるその日より その生命の成り立ちを認識し
己の力で治癒力、 免疫力を高めることができるに、その成り立ちを
教える親はなく、また学者もない。
まずは 子供達手の先が動けるようになると 人体臓器の場所
内分泌液 血液が運搬するからだを 構成するに必須なものの主要な
範囲を頭に刻み、その結果、子供達の免疫機能 臓器機能は格段に
強くなり 生まれて病弱ということは ないと 神々は言う。
その後 主要な筋肉と骨を刺激する遊びをじょじょに 教え その中で
たゆたえない人間としての生き様とは これからの 己の持つ目的を
チャクラコードを介して 神から受けるなり 己のかした道を
あかしっくれこーどから 引用することを仏から学ぶそうだ。
学者ども 今はよわい70を超える 今生では高名とうたわれし、
神々をあざむいてきたものたち には これそれの 罰を用意し
その人生終わりには 魂頭より抜けいでしことを 禁じ 臓物と一緒に
苦痛 困難きわまる状態にて、黄泉に引き込まれ その懲罰を受ける。
仏は 神々の言葉を真摯に頭を垂れて、ひたすら聞き入っていたのだが
その刑罰の重さに力の導きの足りなさを悲しみ、 神々と人々との
間のチャクラコードのつながりが、 どんどん 薄く まるで 薄氷のように
つながりにくくなっている現状を 訴えるのであった。
はてさて そのこと神々は、大変危惧していて、あれだけ太いパイプを
作って、この世とあの世のつながりは、永遠不滅であったことが、
言葉という マナ以外の力を与えしことが、かような重大なことを、
引き起こすなぞ到底、神々にも大宇宙の変革を、意図することができず、
また 人自体がこのことについて、救いを求めてくることと、
待ちに待って今日に至ると、
れいれいとした声で語り、 その間 空気は 白い煙と良いお香の香りを
たきつめたようになっていた。
ああ。。。 お香とは。。。。 神々の息がこの空気に触れて
煙のように舞い上がる 炊き上がる ことだったのか。。。 と
感心 驚嘆してしまった。。。
だから 人々は香を炊き 神々の息の香りに近いものを、作ってきた。
神々の香りは、それぞれの神の吐く息の香りによって 違う。
大日如来は沈香が強く、阿弥陀如来は沈香と甘い百檀を組み合わせた
ような香りで、仏はラベンダーやベルガモットなど、
生花の香りが漂う。。。
神よ、なぜ今私の臓物からこのような夢をお見せになるのか??
と心で問うたところ、なにせチャクラにつながる人間が減って
きたため、波動で万民に伝えることよ
己だけではないが たまたま 己が知ったまでと、お答えになった。。。
不思議なことなんだけど。。。
この夢を書いていると。。。 お香の香りが(焚いてないのよ)
が ずうっとしてる。。。
同じような 夢見た人 います??