こんにちはくもり


雨が降り出しそうな雲行き。


昨日は次女の読書感想文を仕上げた。


もう、仕上げたと言うくらいだから、私の介入がすごかったですねニヤニヤ



今の時代は、ご丁寧に読書感想文の書き方なる説明プリントを学校からもらってくる。


本屋に行けば、それ系の本も並んでます。


私の時代て、なかったと思うのよねー。


何を書けばよいの?


あらすじをかけば、

父から「これはあらすじや。学校の先生は内容知ってる。」とか文句だけ言われポイっとされたり、


母に関しては勉強を教えるなんてことは無理すぎた。


何を書けば良いの?て本当に思いましたよ。


だって、昔はネットも今みたいに誰もが使える環境ではなかったし、他の子が書いた読書感想文を見る機会てなかったと思うのよね。


夏休み明けには担任が優秀な児童の読書感想文を読み上げる。


ホンマに自分で書いたん?真顔


と言うのが、私の正直な感想でしたね。


読まれてたの、親が教師の子が多かったな。

親が推敲してたのでしょうよ。


自由研究とかも、絶対ひとりで考えて完成までさせてないよな?てなものもあった。


それは、自分が親になって、夏休み作品展を見に行っても思うこと。


親のチカラって偉大!



そして、自分が専業主婦になり、時間を手に入れてやっと思いました。


夏休みの宿題や自由研究をやることって、親子のコミュニケーションの一つなんやなぁと。



ワークだって、人によっては親が丸つけしている。


私は4年くらいから?自分でしていたし、親になっても長女のワークは任せていた。


長女は人に間違いを指摘されると心が折れるから、手出ししてはいけない人ってのもある。


次女に関しては…


任せられない驚き


何故かと言うと、次女の場合、丸つけも正解を書き込むのも、


「作業」になってしまうのだ。


だから、自分でどこが間違いやすいかとか、


わからなかったところの答えは何だったのか?とか、


何回も同じ間違いしているなーとか、


そーゆー分析的な思考なく、


とにかく早く終わらせることに全集中してしまうのですよ。



そうなると、知識の定着とか、積み上げるとかがない。


次女に関しては私が丸つけをすることで、間違いやすいところを見つけ、噛み砕いて説明することは、親としての仕事なのかなと。


長女のように、その辺の分析が自分でできる子の場合、親がいつまでも介入することは、ただの過保護で過干渉だと思いますよ。


でも、違う子もいますねん。


読書感想文なんて、

日本語が苦手な次女に丸投げしたらですね、


同じ言葉や内容が3回程くりかえされたり、


あらすじが具体的すぎておさまりきらないとか、


誤字脱字祭りでその修正が必要になり、


「消しゴムのカスを大量に作り出す仕事なの?」てな感じになり、


エンドレスネガティブ


で、私も読書し質問形式で書きたいことを聞き出し、うまいこと2枚半くらいにまとめ上げられました。


誰がなんと言おうと、

とりあえず、夏休みの宿題おわりじゃービックリマーク


ふぅチュー


あとは上靴買うだけ。



そして今日。


私は自分の学修レポートを…

やっているような、できていないような…



次女の塾の宿題と、読解力をつけるために本屋で選んだ学研のドリルを横で見ながら、


自分のことを…


もうね、次女の集中力のなさよ。


いつのまにか、ハムスターと遊び、トランポリンで跳びはねているチーン


まぁ、


元気でよろしいなOK