こんばんはお月様


桜が咲き始めた京都です。

ほんの少しだけですが。



先週末、両親の金婚式のため滋賀まで一泊旅行に行ってきました。


若い頃から激しい夫婦喧嘩をしまくってきた私の両親。


私としては「金婚式」とかではなく、

仲良く夫婦として過ごしていただきたいという気持ちが強い。


なので私も姉も金婚式を祝ってあげないといけないという気持ちは一切なかったニヤニヤ


私達が幼いころに両親の結婚記念日を祝ったことなんてなかったし、いつかも知らなかったし、当事者の母なんて覚えてないという感じ。


なのに、今回は父がどうしても金婚式をやりたいと。


姪っ子が関東に就職することになり、

もう全員集まって旅行なんて最後だからと。


母もまだ70歳なのに持病が多すぎてすっかりおばあさんだし、


父は身体は元気なまま認知機能低下してきているし、


確かに最後かなと。


今年度3月は双子の姪っ子が卒業と就職と引っ越し


甥っ子は高校受験


うちの長女は就活開始直後


次女は部活三昧


旦那は独立に向けて多忙を極めている


スケジュール調整も難航し、姉と日帰りでなんとかしようと話していたら、


実は甥と姪が一泊旅行を楽しみにしていたことが発覚。笑笑


金婚式をやりたいと言い出した父は、

お金は出すけどこちらに全て丸投げしてきていて…


いつもは姉が頑張って探しているけれど、

父からダメ出し連発されてこちらにパス。笑


ネットで検索。

お祝いごとをスマートにサポートしてくれるところを見つけた。


⭐︎


で、結果として行ってよかったです爆笑


チェックインを15時にしていたのですが、


いきなり父が大ボケかます。


食事の時に自分がスピーチしながら写真をみせようと頑張ってつくった資料を自宅に忘れてきたと。


片道1時間かかるのに、母を旅館に送り込んで家に取りにかえりました滝汗


車の運転もそろそろ危ない状態だし、


金婚式が葬式にならないかとハラハラしましたよ…


で、まぁ無事に到着し食事。


親族11名集合爆笑







テーブルに飾られた結婚式のときの写真とは

全く別人となった二人


父は50年の経過を説明するため、

写真を透明の下敷きみたいなのに裏表挟んで

それを5枚くらい準備してた

(取りに帰ったのはこれ)


その話、1時間かかりました笑い泣き


私は聞いたことある話ばかり。


義理の兄はちゃんと聞いてましたね。


人生も最期が近づいてくると、

自分の人生を振り返って誰かに話したくなるらしい。


これは看護の教科書にも載っていたなぁ。


公務員だった父のやりそうなことだなと。


まぁ、その自分のやりたいことを強引にでもやるところが、親族がキャラ濃いめなのにバラバラになってない要因でもあるのかなと思うが…


50年の経過の説明のあとは、一人一人に対してお言葉がありまして、それは褒めていたのでよかったかな。


私の名前には「佐」が入ってて、それは人の左に立って一つの希望を叶えるという意味をこめてつけたけど、


看護師の職業は患者さんのサポートをすることでもあるし、


旦那さんも出世していったし、


子育てにおいても子どもに合ったサポートをして、結果を出していっているのでそれはほんとに素晴らしいと。


ただ、やり過ぎて左ではなく右に出たり前に出たり後ろから背中を押したりしていることも多々あるので気をつけてくださいと、


まぁ余計な一言も付け加えてくれましたねニヤニヤ


そんなメッセージを伝えてきた父も、認知機能がこれから低下してきたら、誰が誰かもわからなくなってくるだろうし、自分の過去でさえわからなくなってしまうだろう。


その時に周りの親族が父の長すぎる話を覚えていたら、認知機能が低下した父であっても生きてきた過程を理解し尊重してお世話できるのかなと思う。


私は話を聞きつつ次々と出てくるお料理を食べていたのだけど、


驚きすぎて「ほんまかいな!」となったシーンがあった。


父が

「色々とあったけど愛していますので、生まれ変わってもまた〇〇(母)と結婚したいと思います。」と言ったのです。


母も「はい」


と言ってました。


もう、絶句でしたポーン


私が子供の頃から喧嘩は多発


怒鳴り散らして、物が飛び交い、離婚するだの、別居もしたし、もうそれは大変で、


そのシーンを思い出しても心が苦しくなるのだけれど、


当事者達は「ただの喧嘩」程度の過去なのか…


夫婦喧嘩は犬も食わない


とかいうことわざ通りなのか



親を反面教師として、


私はなるべく激しい夫婦喧嘩はさけているし、


結婚記念日とかは毎年家族でお祝いしてて、


自分が嫌だったことや不安に思ったことはなるべく子どもに経験させないよう努力している。


そう思うと、


もし私の両親が素晴らしい人達だったら、


私はいつまでも大人になれず、


子どもたちの前で喧嘩をし、


さらにはいつまでも親に頼って実家にいたかもしれないな。


あ、続き。


姉家族は父から出し物をしろと言われて、

本気でやってくれてました笑い泣き


甥っ子もこのあとタンクトップで出てきたし 笑


孫達からプレゼントも貰って喜んでました


夜は両親の部屋で飲み会


色々と姉家族と話せました



次の日はいちご狩りに


旦那の仕事関係のハウスでしたが








両親も姉家族もハウスの腰高いちご狩りが初めてで、大興奮で食べまくってましたウインク


私は母の車椅子を押しながらでしたが、

母が子供のように喜んで次々といちご狩りをして食べてましたよ。


父も母のことなんて忘れて遠くまでいちごを食べに行ってましたし。笑


義理の兄は時間ギリギリに山盛りのいちごを容器にキープして最後の最後まで食べていました。


車椅子でも楽しめるのは良かったですね。


そんな事で、無事金婚式旅行に行けました。



強引な父のやり方に困りながらも、


なんやかんや言って楽しめる親族なのでした。




ちなみに、母は今日入院しましたニヤニヤ


疲れが出たんですね。


機嫌よく旅行に行けただけ、母にしたら花丸です。


温泉も入れたしね拍手


私も自分の金婚式するのかな。


まず、やるやらないのまえに、生きているのかな。