秋の夜長にこんばんは。
ココロ燃ゆるセラピスト☆ゆきです。


今日は、人間が大好きな”解釈”をすることによって感じる
「傷ついた」という感情について書きたいと思います。

なるべく、感情の変遷を細かくレポしてるので興味のある方は読んでみてくださいね。

(長いです、注意!)



傷付いた、傷つけられたって感じる時って、どういう時でしょうか?


例えば・・


友人同士でお互いの頑張っていることを応援しあって、切磋琢磨していこうとしていた時に、「友達同士の応援は、ただの馴れ合いだ」と言われたとします。




どんな気持ちが湧きますか?
わたしの場合は、「傷ついた」と感じる以前に怒りが湧いてきます。

「なんだコイツ。なんにも知らないくせに。うざったいな~」みたいな感じです。

この怒りが反射神経的に、ぶわっと湧いてくる瞬間は、人それぞれ癖があります。
わたしの場合は、自分を否定された、非難された、理解してもらえなかった等のように感じた時に怒りが湧くのです。



あくまで、そう感じた というのがミソです。




実際に、「友達同士の応援は、ただの馴れ合いだ」と発言した第三者がどういう意図をもって発言したのかは、はっきりいって関係ありません。




出来事は、ただの事実であって、何の意味も本当はないんじゃないかとみなせばその怒りを生み出したのは、一体なんだろうかはてなマーク
と疑問が浮かびます。

それは、別の機会に譲りますが今回書きたかったのはこれですダウン



怒りで、自分が本当は傷付いていることを隠している。
・・のではないか?ってことです。




自分が傷付いていることを認めたくない、気付きたくない理由がなにかしらあるとき、それを見ないフリできるようにカモフラージュしようとします。

それが、今回は怒りという感情だったのかな?と分析してみました。


あの、胸がきゅーっと締め付けられたように痛くなる感覚は、誰しもあまり好きではないですよね。わたしは、出来るなら避けたいですもん笑


とどのつまり、ちょっと傷付くことがあったので、自分を振り返るためにレポしてみました。感情を見つめることは、本当に奥が深いです。
精進精進ドキドキ