夢を見た


朝日の当たる台所

しゅんしゅんと
湯気の上がるやかん


ネギを刻む音

その向こうから

声がした



「乳沸かし取ってくれるか」


みぃばあちゃん?






乳(ちち)沸かし


まだ電子レンジもなく
牛乳を温めるのは
小さなお鍋


ミルクパンなんて
お洒落な呼び方は
知らない

牛乳だって

「ぎゅうちち」と
呼んでいたみぃばあちゃん


やっぱり
みぃばあちゃんだ


はいと
手渡した乳沸かし





綺麗に髪を整え
身支度を済ませていた彼女は


冷蔵庫から
牛乳瓶を取りだし
乳沸かしにあけた




「えぇか、ありす」
「小さい火やで」

「鍋のふちが
ふつふつしてきたら
そうっと揺するんや」

「ほんでも一回
ふつふつしてきたら
ぬくいぎゅうちちになるで」

そう言って
温まった牛乳を
カップに注ぎ


一口飲んで
私に渡した

熱すぎてはいけないと
彼女なりの気遣いをして







そして

「ありす」

「大きなったなぁ」と

私の頭を撫でた






夢の中

大人になった私と

目の前にいる
若い綺麗な
みぃばあちゃん


年の頃なら
私の方がとっくに
抜かしてしまったかもしれない





彼女は
私の叔母

母と年が離れていたため

きっと
そう呼んだのだろう


事の他

犬や猫
小さき命あるものに
優しかった彼女

けれど
人に対する妬み

物に対する執着心は

それ以上に強く


いつしか
そんな姿を見たくなくて
疎遠になっていった


最後に会ったのは
いつだっただろう

最後に
牛乳を温めて
カップに注いでもらったのは




いつだっただろう



何年か前に
みぃばあちゃんが

空に帰ったと聞いた


空色の猫たち
空色の犬たちに

迎えられて






夢の中


みぃばあちゃんが
渡してくれたカップは



温めてくれた牛乳は




温かかった



みぃばあちゃんから
ほのかに香る
樟脳の香りが



目覚めた私を
包んでいた


その香りを纏いながら

今朝

私は
小さなお鍋で



牛乳を温め


みぃばあちゃんに
そっと呟いた




もう
ひとりで



できるよ