赤ちゃんが天国に帰ってしまってから6週間後の日常の話です
先週は80歳の祖母と同じくらいの行動範囲でしたが、今週は身体が元気になってきて、電車を乗り換えて好きな街に行けました
私は結婚後から自宅で出来る仕事をしているのですが、出産後初の打ち合わせがありました。
場所は結婚式を挙げた思い出もある、昔からよく通っていた街。天気はポカポカしていて明るい昼下がり、平和そのもの。子連れも多いけど私もいつか連れてくるし!と思いながら好きな景色の中を歩いていてしみじみ、
あぁ、手術室から生きて帰ってきた...!
と思いました
私が出産で仕事できない期間を知っていたクライアントさんが、
「あれ、そういえば赤ちゃん?」
っておっしゃったときに、
「それが、だめだったんですよー」
と通常のトーンで返して
あっ...って気まずくなりかける瞬間に
「そのぶん、この仕事には集中できますよ!」
と明るめに話を戻すと、相手も乗っかって本題に戻って下さったので、重い空気にならずに現状報告できた...かな?
打ち合わせで一緒だった、同業で昔からの友人が、2人の時にさりげなく「大変だったね」と、ラッピングしたお花を一輪と、お菓子をくれました。
「ガーベラの花言葉は、〈希望〉と〈常に前進〉とか、なんか明るい感じなんだって!」
と渡してくれて、なんて気遣いのできる人なんだ...と感動
小さなお子さんのママでもある友人。打ち合わせ後に二人でランチしながら、帝王切開後の痛みについて盛り上がり、第二子の計画について同じ目線で話してくれて、楽しい時間を過ごさせてもらいました。感謝私もそんな心遣いができる人になりたいです。。
頂いたガーベラはリビングのもっくんの似顔絵の前に飾りました。ママの友人が想ってくれて良かったね、もっくん
つわりの時期や妊娠後期には来れなかった好きな街に戻ってこれて、いつも辛いことがあると元気になるために歩く坂を歩いて(笑)、私の命と子宮を温存してくれた日本の医療の発展と執刀医の先生に感謝...というポジティブな気持ちになれた1日でした
ひとりで家にいる午前とか、まだまだ悲しい気持ちになるときもあるけど、旦那さん、家族や友人、出産した病院のスタッフさんのおかげで少しずつ前に進めています。
追記: 赤ちゃん連絡票のこと
今日、役所に「赤ちゃんが生まれたら送る連絡票」のことで、「妊娠届を出していたんですが、赤ちゃん亡くなってしまった場合も連絡票送ったほうがいいですか?」と電話したら、担当の方がとても私のことを心配してくださり、ちょっと遠いですが...と、聖路加病院の赤ちゃんを亡くしたお母さんの集いを案内してくれました。ご配慮すごい!
赤ちゃんの誕生日と私の名前を聞かれました。電話したので連絡票は送らなくて良いとのことでした。