午前中
母の自宅へ着くと知人から紹介された業者さんが既に到着していた。
挨拶を交わし名刺を頂く。
女性と男性の各一名で来てくれた。
改めて発見された時の状況と部屋の惨状を説明する。
部屋の広さとおおよそのゴミの量など分かる範囲は全てお伝えした。
そして発見場所も。
恐らく遺体が発見された辺りにはスマホや財布・黒いバッグとリュックがあるはずで通帳やら貴重品が残されているであろう話しをした。
寄り添い系であるこの業者さんは部屋に入る直前に大家さんへの挨拶もしっかりと行ってくれた。
1番の気掛かりは母が信仰していた御本仏を無事に回収して宗派へお返ししなくてはらない作業でもあった。
母は生前、自分の死後はちゃんとお返ししてくれと何度も私に託していたのだ。
警察が実況見分を終えてから、初めて母の自宅へ潜入する第一陣となった。
『中を確認出来るよう準備が整いましたら、LINEで繋げてお部屋の画像をリアルタイムでお見せします』
そう言い残し、暗闇の中へ消えていくお2人。
私達は車の中で待機していた。
そして間も無くLINE通話が届いた。
画像に映し出された映像は私にとってはお馴染みの光景だった。
ほとんど光が入らない薄暗い中、天井からは1メートルもない隙間を隈なく映し出す。
母が発見された場所も映し出された。
そこには折り畳んだダンボールが置かれていた。
このダンボールは私達が体液や虫を目にしなくて済むようにと…この業者さんの配慮であった。
奥の和室に進むと大きな仏壇が見える。
その中に曼荼羅が入ってないか開けて頂く。
開けたら…中身が無い!!
何故?
婆さん曼荼羅はどこにやったんだ?
空の仏壇に皆んな困惑する。
とりあえず先に進んで頂き、量やゴミの種類、家具や家電など目視出来るものは全て確認してくれた。
出口に近付いた時についでにカバン類は無いか確認してもらい花柄の黒い手提げ袋が発見された。
その時に小さい木製の家具らしき物が映り込んだ。
中を開けてもらうと探していた御本仏が発見された。
家から汗だくになった業者さんが大事そうにお仏壇を抱え持ち出してくれた。
もう感謝の気持ちでいっぱい。
こんなに早くしかも見積りの1発目で出てくるなんて…
きっと母さん安心したよね…
業者さんには心底感謝をして、見積り額が出るのを待った。
作業は2〜3日間
人員は4人✖️2
金額は80万円
この中身は都道府県の法令に沿って正規のごみ処理代の約30万円程が含まれている。
パッカー車2台出勤するゴミの量である為、やはり高額は免れ無かった。
1メートル四方の量に換算すると1リューべの単価が市で決められていて、これは他の業者さんも変わらないはずです。との説明を受けた。
この件は全ての業者さんから見積り時に同じ説明を受けたので間違いは無いのだなと思った。
80万からお気持ちとして77万円にその場でお値引きとなり、少しお時間を頂き後日ご返答させて頂く事にした。
この時点でこちらの業者さんに依頼したい気持ちが強まるが、残り3社を見てから決めようかと姉と話した。
2社目の見積もりが18時頃。
それまでの待ち時間で母の携帯を解約する手続きを行う為、携帯会社へ向かった。
窓口で死亡解約をしたい旨を伝え、少しの待ち時間が発生した。
ずっと掛けられずにいた電話。
死んでから尚更掛けられずにいた。
解約する直前になって母に電話を掛けてみた。
母と最後に話したいと思ったからだ
出るはずの無い電話
着信音が聞こえる
『こちらはNTT docomoです。
お掛けになった電話は電波の届か無い所に居るか、電源が入っていない為掛かりません…』
…電源が入っていない為掛かりません?
充電出来ずに助けを求める事が出来なかったのか…?
それとも死んだ後に携帯の充電が切れたのか…??
どっちなんだよ母さん
分からない事だらけなんだよ
子供の頃の記憶も辛かった事しか思い出せないんだ
楽しかった思い出なんか一つも思い出せないんだ
でも唯一寝る前に絵本を読んでくれた記憶だけは思い出せる
あれは楽しかった記憶なのだろうか…
叔母さんとも姉ちゃんとも喧嘩していたから助けを求められる相手はうちだけだったんじゃ無いの?
きっと話したい事だってあったよね?
私だって心配させると思って話せてないことがあるんだ。
もう二度と母とは話せないと分かっているのに。
何度も電話を掛けてみる
同じアナウンスだけが虚しく流れていた。
解約手続きはスムーズに進み、2時間も経たない内に母の携帯は『この番号は現在使われておりません…』とアナウンスが切り替わった。
夕方
見積りに来た2社目の業者さんは1人で現場へ入り、出した見積り額は80万円。
玄関に置かれていたとピンクのリュックを渡してくれた。
初めて見るリュックだった。
これが直近に使っていたリュックなのか?
1社目と同じような説明を受け、検討する旨を伝えこの日は終了した。
姉とは1社目の寄り添い系業者さんが良いよねと話していた。
それにしてもゴミ処理に80万近い料金を突然払う事になるなんて…いつかこの日が来るとは思っていたけど何故このタイミングなんだろう。
この頃の私達は母への文句や悪口しか出て来なかった。
そして数日前からやたらと私のスマホの待受に母の画像が勝手に表示されるようになっていた。
もちろん設定などしていない
息子の中学校の入学式で撮った1枚の画像。
そこには入学式の看板横に並ぶ母と息子の姿があった。
これが母の姿を撮った最後の画像となってしまう。
こんな未来が来るとは思わずにいた。
母は何かを伝えたいのか、こうして控えめに自分の存在を主張し始めていた。