先日、栃木県は壬生町に暮らす叔父が亡くなり、葬儀に参加してきました。
手書き友禅の絵師として数々の賞を受賞した叔父。
そんな受賞歴のある染色家でも、楽に食える職業でないのが伝統工芸の世界。
家族の苦労は大変なものだったはずです。
そんな中でも、明るく過ごしてきたのは、当人の人格もありますが、家族の支え、そして、叔父を支えてくれたたくさんの方々のおかげでした。
葬儀はそんな皆さんがたくさんつめかけてくださいました。
お通夜のお経をあげてくださった導師もそのひとりで「精緻院銕誉優染居士」という戒名をつけてくださいました。
「精密で細かい仕事をすることで皆に知られていた」ので「精緻院」、とにかく「優しい」人、そして友禅をこよなく愛していた人だから「優染」、銕というのは名前の一字。
今まで、ここまでの心をこめて戒名を考えてくださっている導師にふれることはありませんでした。これも叔父の人柄のおかげでしょう。
酒が大好きだった叔父。栃木といえば、葬儀の後は大宴会という土地柄、皆、泣きながら、騒ぎながら、時には笑いながら、故人を偲びました。
私は北関東の葬儀に本格的に参加するのは初めてだったのですが、こういうのも人情味篤くてよいですね。
まだまだやりたいことはたくさんあっただろう。70歳というのは、今の時代では、早い一生だと思う。でも、たくさんの思いを残してくれました。
叔父よさらば!
手書き友禅の絵師として数々の賞を受賞した叔父。
そんな受賞歴のある染色家でも、楽に食える職業でないのが伝統工芸の世界。
家族の苦労は大変なものだったはずです。

そんな中でも、明るく過ごしてきたのは、当人の人格もありますが、家族の支え、そして、叔父を支えてくれたたくさんの方々のおかげでした。
葬儀はそんな皆さんがたくさんつめかけてくださいました。
お通夜のお経をあげてくださった導師もそのひとりで「精緻院銕誉優染居士」という戒名をつけてくださいました。
「精密で細かい仕事をすることで皆に知られていた」ので「精緻院」、とにかく「優しい」人、そして友禅をこよなく愛していた人だから「優染」、銕というのは名前の一字。
今まで、ここまでの心をこめて戒名を考えてくださっている導師にふれることはありませんでした。これも叔父の人柄のおかげでしょう。
酒が大好きだった叔父。栃木といえば、葬儀の後は大宴会という土地柄、皆、泣きながら、騒ぎながら、時には笑いながら、故人を偲びました。
私は北関東の葬儀に本格的に参加するのは初めてだったのですが、こういうのも人情味篤くてよいですね。
まだまだやりたいことはたくさんあっただろう。70歳というのは、今の時代では、早い一生だと思う。でも、たくさんの思いを残してくれました。
叔父よさらば!