こどもの頃は、冬の朝の寒さなど意識したこともなかった。決して鈍感だったわけでも、こどもは風の子だったわけでもない。目覚めたときには部屋はすっかり暖まっていて、どちらかというと暑いくらいの中で目覚めていたからだ。そのために、親が早くから起きて部屋を暖めておいてくれたのだと気づくようになるまでにはかなりの月日が必要となる。今ならば、その理由も知り、感謝の気持ちを抱いて目覚めることができる、そんな年齢になったとき、すでに母親は他界して3年を数えるようになってしまった。冬の朝、目覚めたときに母親がいないことに今さらながらに気づいて愕然とする自分がいたりする。

きっぱりと冬が来た、と詩にに書いたのは誰だっただろうか。いつになったら雪になるのかとずっと思い続けていた今シーズン、ようやく北海道にも本格的な雪の季節が来るらしい。今日当たりは天気予報では降雪になっているのだが、さてどれくらい積もるものだろうか。

だからと言って、決して雪を心待ちにしていたわけではない。どちらかというと夏の暑さよりも冬の寒さのほうがまだまし、というくらいのことで、これから始まる雪かきの過酷さと寒さとを思えば、まだまだ晩秋の趣が続いてくれたほうがありがたい。ただ、いつになったら冬が来るのかといった、そのいらいら感がたまらない。たとえて言うなら、病院で注射をされるときの、目の前に注射針が見えているのに血管になかなか届かない感じ、嫌々ながらも早くして欲しいという背反した思いだと考えてもらえば良かろう。

白い息を吐きながら薄氷を踏んで歩いた冬の朝の楽しみは、もうない。