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「かいじゅう&えすえふ」をテーマに創作活動している”怪獣堂”が、映画や旅、身近な色々等々をテーマをあーだ、こーだとつづるブログ

 

なんとか、ようやく、時間をとって鑑賞できました、「グレイテストショーマン」。


感想から言ってしまえば、もうね、やられました。
冒頭、ヒュー・ジャックマンが逆光でポーズを決めた瞬間から、高揚の涙を流さなかった時間の方がカウントできます。

本国では、”社会的道義”の観点から賛否が起こっている様ですが、それは”映画の評価”とは違う次元の話だと思うので、今回は本文には入れていません。
(追記という形式にしましたので、読む読まないの選択は、読者様にお任せいたします)


歌をバックに、年数経過のモンタージュの見事さに涙。
プレゼントを空想の語りで贈る美しさに、涙。

なんで酒をくみかわしながらギャラ交渉しているシーンで泣いてしまうのか、疑問に思いながら涙。

もう、あとは観てのお楽しみの涙、涙、涙。
とくにあそこは・・・・・・

 

 

↓もう予告編からアガります!【グレイテストショーマン予告編】

 


涙・・・って、切なさやキュンとくる描写で流すのは簡単ですが、高揚の涙を流させるのは難しく、しかもそちらの方がすがすがしいときたもんだ。

とにかく、映画評論家が判を押した様に言う「ララランド」のスタッフが創ったとか、そういうのは他におまかせするとして・・・・・・

 

例えばセット一つとっても、生活感を損なうことなく、音楽とダンスのために計算された、無駄のないすばらしい構成。
セットが音楽を奏でると供に、生活(人生)は音楽なのだと映像で表現しているかの様で、すばらしい。

物語は、エンターテインメントを志した者なら、必ず名前位は聞いたことがあるP・T・バーナムの伝記・・・・・・というよりは、あくまでもモデルにしての、”ショービジネス”を題材にしつつ、”ハミダシ者”とされた社会の底辺の登場人物が、家族のための成功から、成功のための成功の迷走を経たりしながら、自分のいる場所を探していく内容。

観ている人、誰もがどこかで共感できる御話しになっているのですが
まさに、P・Tバーナムの "we've got something for everyone"(誰にでも当てはまる要素というものがある)という言葉に因んで名付けられた・・・・・・

バーナム効果な内容
まぁ、本当はバーナム効果って、占いとか、日本人大好き血液型診断とかのペテン的な内容につっこ・・・・・・

・・・・・・はさておき、その点でも、守備範囲が広く誰もが楽しめる、あっというまのランニングタイム。


題材もさることながら、先に記載したセットと音楽の連動効果なんかの兼ね合いもあって、すぐれた音響、大画面・・・・・・つまりは劇場で観ないと損をするのは間違いなしです。

DVDやBRは、劇場で見られなくなってからの仕方なし、のリピーティング用にすぎない、と断言できます。
(まぁ、大抵の映画というのはそういう物だとは思うのですが・・・・・・)

ところで、本編の中でバーナムが言う「たまには本物をみせたくなった」・・・
ある映画でも同じ台詞が使われているのですが・・・・・・

「ジュラシックパーク」のハモンド社長の台詞です。


ハモンド社長もノミのサーカスから始め、ペテン師よばわりされながら、いつか本物の恐竜で世間を喜ばせたいと計画したのがジュラシックパークだった訳ですが(原作は、もうちょっと性格が悪い)、これは「恐竜を本物に見せることができないなら「ジュラシックパーク」は映画にしない」といったスピルバーグの代弁でもあったでしょう。

つまり、バーナムという興行師が「見世物」というショービジネスの基本を作ってからの、本作も含め、アメリカの(本来は、エジソンやリミュエール兄弟が、映写技術を発明し、やはり”見世物”としてから始まった)映画興行にもいかにもその精神が根付いているか、そして葛藤は続いているか、と考えさえられます。

ということで、この映画を評すなら・・・・・・
まさに”ショー”映画!
美しさ、楽しさ、すばらしさ、高揚感!
興行という視点に立ち返った、興行の体験映画!
 

なので、興行である以上は・・・・・・
くれぐれも、<劇場でご覧ください!


<文末に追記有>
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追記)
バーナムは、いわゆるフリークを”見世物”にすることで、興行を成立させていたことから、この映画にも賛否がある様ですが・・・・・・。

現実の世界では、社会的道義により”見世物文化”は世界から淘汰されつつある様です。
しかし、それにより、実は続けることを希望しながらも、職を失ってしまう人々もおり、しかしながら、”社会的道義”で彼らの職を奪った社会は、フォローを用意しているでもなく、いわば、彼ら以外の、まさに”彼らの露知らぬところで”彼らの人権保護を進めた結果、彼らの食べる手段を奪ってしまうという状況。

似た様な状況は、最近、アメリカのコールガールの廃止においてもおきていましたが・・・・・・

バーナムは金儲けの手段としても、彼らに”存在意義”と”生活する手段”を与え、社会は人権を守りながら”人並みに生活する手段”を奪う。

その実情も見ず解決せず、人権を論ずる道義的とか正義って、何なのでしょうか?

ただ、間違いないのは、真に成否を選ぶべきは、”本人たち”であり、彼らの”存在”や”権利”を、一方的に、私たちが自分たちの価値観で推し量ることこそが、最も恐ろしい差別、なのではないかと思うのです。

少なくともこの映画の評価を”社会的道義”の観点から論ずるのは、本編の中で暴動を起こした人たちと、本質はなんら変わらないのでは?と思ってしまう訳です。

 

世界史で結構初期に学ぶのが”世界4大文明”。
エジプト、インダス、メソポタミア、黄河・・・・・・。
あまりにも最初の頃に習うので、忘れがちだけども、この中に欧米は入っていないのです。

つまり、世界史を紐解けば、現代でいうところの途上国、とよばれる地域の数々こそが、実は、世界史上、もっとも優れた文明を持っていた場所なのであり、その文明の知識や文化を、蛮族として奪って発展したのが、いわゆる白人文化であったりするのです。

まぁ、ほら、現実社会でもそうじゃないですか。
能力はなくとも、図々しくて、粗暴で、空気よめない人間が、理智的な人間をかませ犬に使って出世したりとか・・・・・・。

わたしの身の回りにもいっぱいいましたよ

・・・というのは「会社員ベーダー」にとっておくとして・・・・・・


つまり、アフリカ、というのは、世界で最も優れた地域として成立した歴史もありえた訳です。

で、このことが頭にあるのと、ないのとでは、本作「ブラックパンサー」の楽しみ方が格段に変わってくる訳です。

この歴史のIFこそが、実は本作の主な舞台ワカンダのバックボーン、世界観であり、また、白人による略奪の歴史に対する認識こそ、(と同時に、実際のアメリカの黒人開放運動における、穏健派のキング牧師と過激派集団<ブラックパンサー>をベースに)ブラックパンサーと、本作のヴィラン”キルモンガー”の思想の違いになっている訳です。

※本稿では敢えて”黒人”と呼称させていただきます。

 

つまり、本作は、真剣、真っ向から<黒人>という人種、歴史、そして未来を描いた映画、と言っても過言ではないかもしれません。

 

 

【ブラックパンサー予告編】

 


何より画期的だなぁと思ったのが、これまでのアメコミ映画は、(バートン「バットマン」以降で)ヒーローとヴィランが光と陰の関係が多く、ヴィランがたいていヒーローの自業自得で誕生する訳ですが、今回は価値観ではなく、あくまで思想の対立。

かたやヒーローは王室育ちのおぼっちゃんで、かたやヴィランは苦労で努力人。

どっちの思想もわからんでもないので、観ている人はどちらにも感情移入。

いやどちらかといえば、庶民としてはヴィランに共感する部分も・・・・・・

つまり、どちらも光ともいえる訳で・・・
どっちも正義、な訳です。
王となる者が誰もが持ち得る光と陰を別人格に分けた感じになっています(つまり逆だった可能性もある訳です)。
(それでいて、あるキャラのおかげでちゃんと、勧善懲悪のカタルシスも置き去りにはしていません

主人公はよりはっきり現れた”自分の陰の部分”と向いあい、王としての成長をとげていき、その結果、主人公が最後にとる選択肢は・・・・・・

 

と、それは観ていただくとして・・・・・・

とまぁ、
単純なブラックエクスプロイテーション映画(黒人市場対象につくられる映画)ではなく、

シッカリとしたテーマをもった映画としてもよく出来ています。

もちろん、ヒーローものとしての出来はいうまでもなく、007の様なスパイ映画としても、まんま”Q(007シリーズの秘密兵器開発者)”のくだりがあったり、何よりカーチェイスはスパイ映画のお約束!とスパイ映画好きのハートを見事くすぐってくれる構成だったり、娯楽作としても非常に優れた作品になってます。

 

ストレス解消には最適なので、未見の方はぜひ!

あ、初期と異なり、「アベンジャーズ」への予告映画としてではなく、単発映画の傾向が強い最近のマーベル映画の傾向もあって、実に丁寧なシナリオで、めずらしく、マーベルシネマテックユニバースの予備知識や予習鑑賞がなくても、その場から「十分」に楽しめます!

(先行して「ブラックパンサー」が登場した「シビルウォー」さえ、観ておく必要がないのがすごい・・・・・・)

 

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実はギレルモ監督と同じこと、ずっと思っていたんです。
 

ああ、好きな方には「ごめんなさい」と謝罪しつつ、でも・・・・・・


「『美女と野獣』って、結局最後は、イケメンと結ばれるんだよね」
・・・結局、中身も外身もかい!

 

とか、突っ込みつつ。

でも、その突っ込みの中身は、「美女と野獣」という作品が成立しなくなる、根幹に関わる問題だと思うんです。

 

外見に関わらず、人を好きになったことに、外見というご褒美は必要なのか?

そもそも、その醜い(?)外見も含めてその人を好きになったのなら、外見が変わってしまった結果、受け入れられるのか?


いや、映像作品としては好きですよ。ただ、意地悪な視点が出てしまうのも悪いクセ。


で、『シェイプ オブ ウォーター』です。
勿論、そんな野暮な突っ込みを入れる隙もない

・・・どこからほめていいのかわからない、実に見事な作品でした。
 

<<『シェイプ オブ ウォーター』予告編>>

 

冷戦時代を舞台にしながらも、実は現代のアメリカの”歪み”を描いてはいる本作・・・・・・


ヒロインも華がなければ、恋のお相手も怪物。
望まざるも、偏見により社会のはみ出し者の物語、社会の底辺の隅に置かれてしまった・・・・・・いわば”みんな”のお話。
身近な、逆「人魚姫」のお話。

食も性も”生”をただ感じるだけの無機質な手段から、やがて、”喜び”に変わり、不思議なことに、華がないイライザも、怪物である半魚人も、どんどん可愛く、美しく、輝いて見える、映像の素敵さ。
内面が輝けば、必然、人は輝いていくものなのですな。

それとともに、人生、生甲斐を見出せば、”コンプレックス”さえ、すべてのことには”意味”があると感じさせてくれるラストまで、ディズニープリンセスでは描けない、見事なシンデレラストーリー。

 

中垂れなし!!

ギレルモ監督の映像美、ちょい悪趣味感覚、テーマ性にオタク趣味、それらがすべて見事渾然一体となって、実に絶妙のラブロマンスを成立しています。

もう、とにかく・・・・・・

魅入る映画。

しかし、イライザを演じるサリー・ホーキンス・・・・・・さすが女優さん。
あの「GODZILLA」(2014)でケン・ワタナベに付き従う科学者役
さりげない恋心を表現する微妙な表情の演技など素敵でしたが、今回は逆に、あまりにも華がなく、最初、同一人物と気付きませんでした。
しかし、、、
「GODZILLA」に「パディントン」に半魚人とは、なかなかに怪物好きのする女優さんです。
あ、パディントンはモンスターではありませんが・・・・・・。

ちょいとしたしぐさや表情が、ものすごく可憐で、時に艶っぽく、それはどんな人にも美しさが宿るという、”神聖”レベルの演技といえます。

で、モンスター映画好き的には・・・・・・
驚く程「大アマゾンの半魚人」の設定を踏襲しているのには、拍手喝采。
愛を描く物語に、別の愛もぎゅうぎゅう詰めで、全方位カバー。

 

<<「大アマゾンの半魚人」予告編>>


映画史に影響を与えた、スピルバーグが「ジョーズ」でちょい再現しようと試みながら、やっぱり超えられなかった、美女を見ながらギルマン(=半魚人)がうっとり泳ぐあのシーンを軽々超えた名シーンには感涙です。

物語的に「大アマゾンの半魚人」は本作の(”もしも”のありえた)プリクエルでもあり

 

それ以上に、

見事に「対」になる物語なので

できれば「大アマゾンの半魚人」(1作目だけで可)を見て、”何か”を感じ取ってから見てほしいところ。

ところで・・・「大アマゾンの半魚人」が「ドラキュラZERO」でしくじったので、「ザ・マミー」でリベンジしてやっぱりしくじったダークユニバースの一本として、リメイクを企画してましたが・・・・・・

この映画の後で、何をやるつもりだったんだろう?
・・・・・・たぶん、しくじったので消えたとは思いますが、それで正解だと思います。

本作、15歳未満は鑑賞できませんが、逆にいえば、

30代以上、いろいろ失い、現実に失望しつつある世代にこそ見てほしい映画。


その”水”は、きっと心を洗い流し、気づけなかった大切なことに気づかせてくれるはずなので・・・。

 

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※映画「宇宙人の解剖」論②です。

未読の方は、まずは前回①をお読みください。

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真相はともかくとして、仮に「ロズウェル事件」が本当に「宇宙人の乗り物としてのUFO」を回収したのであれば、宇宙人が地球に訪れている物的証拠となる訳なので、まぁ、宇宙人を教典とする宗教など、オトナの色々も含めて・・・・・・

「ロズウェル事件の真相を明かせ!」
「明かしたやん!」
「いやいや、明かしてない!まだ隠すしてる」

 

の論争が繰り返され、しまいにはヒラリー・クリントン大統領候補のマニフェストに「UFOの記録を公開する」等、「渋滞ゼロ!」「混雑ゼロ!」等を掲げたどこぞの知事同様、最優先すべきは他にあるだろ?ではありますが、宇宙人の存在は、ゴールのない旅路な訳です。

そんな訳で・・・宇宙人の解剖映像発見、などが、もし仮に真実であれば、歴史をゆるがしかねないこの大事件でしたが・・・・・・

結局、本人たちが「あれは、にせもの」とあっさり(映像の賞味期限がきれかけた頃に)真実をばらしておしまい。
(ただ、別の意味では歴史をゆるがしたのですが、それはまた後述)

そして、その本人たちの話をもとに、この歴史をゆるがした、かもしれない”一大プロジェクト”の制作秘話を映画化したものが、

 

映画「宇宙人の解剖」となる訳です。


 

いかに、”宇宙人の解剖映像”を作ったか(かなり事実と異なり、映画的にアレンジされた部分もありますが)その事情とメイキング、顛末をコメディタッチで映画化しています。

 

宇宙人の解剖映像を、”知恵とアイデア”と発想と、スキルの応用で(工程や素材が事実とちょっと違うのですが)なんだかんだ楽しそうに作り上げていくシーンは、かつて”映画監督”を志した人々なら、何やら共感するものもあるかも。

ところで、オカルトの歴史を動かしたメディアは・・・
妖精写真の「コティングレー事件」しかり、ネッシーの「外科医の写真」しかり、ビッグフットの「パターソンフィルム」しかり、そしてこの「宇宙人の解剖映像」しかり・・・・・・

必ず、最終的には、当事者達がインチキだったことを暴露して終わるのがお約束。

そして、
「いや、やっぱり、あれ、本物(または本物を元にして作った映画)」
と、暴露を覆す往生際の悪さもお約束。


しかし、オカルトは結局、”悪魔の証明”。
ないと思っていても、ないを証明できなければ、あるかもしれない、程度に楽しむのが、いちばんいい楽しみ方。

完全にないと証明できない以上、あるともいえる訳ですから・・・・・・そんな、ちょいとしたSF的も本作には仕掛けも織り込まれ、これでしっかりした造り。
なかなか楽しめるコメディ映画になっています。

 

<<「宇宙人の解剖」予告編>>

 

 

しかし、ビル・プルマンって・・・
この映画から10年程前は、宇宙人と戦い、UMA(というかワニ)を捕獲したりと、すっかり、こういう映画の御用達ですね。


映画をみれば、まさかこんなものに世界がだまされたなんて、と思います。


かつて「コティングレー事件」において、少女達が撮影した妖精写真に、本物のお墨つきを与えた、かのコナン・ドイルは・・・

 

少女は無垢で嘘をつかないという思い込みと、大人の視点でトリックを考えるあまり、まさか本の挿絵を模写して切り抜いた絵を、棒で地面にさしているだけという、単純なトリックに気づけず・・・

 

自作のホームズが嘆きそうな推理ミスを犯しました。

この時代から、メディア変われど、人は変わらず。

信じるも信じないもあなた次第などという「あ、なんかあっても自己責任ね」という便利な言葉もうまれ、相変わらず続いています。

 

”使えるメディア”は身近で、多様化し、そして、その結果、この「宇宙人の解剖」が世界をだました結果、多くの人々に見せ、気づかせた可能性・・・・・・

”フェイクオカルト映像は、コンテンツビジネスとして成立する”

は受けつがれ、YOUTUBEなどに明日の「宇宙人の解剖」を夢見る作品が山の様にあふれている訳です。
 

「宇宙人の解剖」は、映画も含め、結果としてあまり歴史には残りませんでしたが、その事件自体は、間違いなく、”コンテンツビジネス”の一つの分野を切り開いた作品、といえるのではないでしょうか?

 

 

 

で、こんなことをブログるわたしめですが・・・・・・宇宙人を信じているか?といえば・・・・・・
それはこれからへ据え置きにして、ただ・・・・・・

平成は”グレイタイプ”の宇宙人ばかりで、おもしろくないなぁ・・・と思っている今日この頃なのです(笑)

 

 

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あれは衝撃でした!

「宇宙人の解剖」映像!
ある時代の人々には思い入れの深いはなしであります。

あの、UFO回収事件として有名な「ロズウェル」事件で入手した宇宙人の死体を解剖した映像が、まさかの全国放送で流れた当時、
時代的には、定期的にあった矢追さんのUFO特番は落日を迎えており、もはやUFO特番なぞ見ることもないだろう頃の最後の仇花。
 

多くの子供の頃、”やっぱりUFOはいるんだ!”という夢を楽しんだ、レトロオカルトファンを喜ばせました。

さて、何度かにわたり、美術セット、解剖学、フィルムなどなどと、様々な角度からその真偽を検証していく内容だったのがこの番組。

 

いや・・・・・・真偽も何も、9割以上の方は偽者だと思っていましたが・・・・・・

UFO特番黄金期と違って、全肯定ではないあたりが、現代のオカルト系番組に通じて、オカルト番組ミッシングリンク。

 

それでも、どうにか真実よりにまとめようとした努力もあって、

この映像、1割は映画「食人族」がドキュメントだと思っている人が今だにいる様に信じた人もいた訳で

(とはいえ、何回かやった最後には、おそらく偽者、というところで着地した記憶があるのだけども)
 

その中に・・・・・・

モルダー捜査官もいます。
(※「X-FILES」内で、宇宙人解剖映像のビデオが登場。ただし、ロズウェル事件のものではありません)


 

ちなみに、「ロズウェル」事件が、”宇宙人の”UFO回収事件に設定されたのは、実際に発生した1947年よりかなり後であり、当時の扱い(新聞など)はあくまでも”敵国の秘密兵器”・・・・・・

 

いや、もともとUFOってのは、敵国の秘密兵器であって、本来はあくまでも”未確認飛行物体”全般のこと。

UFOという言葉に宇宙人のイメージがつくのは、あの有名ドラマ・・・・・・

 

はさておき、


実際にはおそらく自国の秘密兵器だったので、うやむやにするしかなく、それがこの話を余計ややこしくします。

で、結局、当局の公式かつ最終的な発表による真相の着地点は気球なのですが、よく「気球を宇宙船と見間違えるかよ!」といわれます。

 

しかし、ICBM(大陸間弾道弾)なぞなかった時代。

敵国まで核兵器を確実に運搬できる「メタルギア」みたいな兵器の一つとして、気球の活用もマジメに研究されていた訳で、気球の下に爆撃機がぶらさがっているイメージのものを想像すると、「ああ納得」になります。

なので、乗員もいた可能性があり、事故ともなればますます隠したい政府のお約束。
それが、「宇宙人」の死体を回収、という更にややこしい事態を生み出す訳です。

余談の重ね掛けですが、この「UFO」の墜落場所とされる地点は3ヶ所あり、何しろ観光収入なもので、どこもが「うちだ!」と言い張ってますので、実際の場所は”不明”。
最近は「全部本物」と、まるで意味がわからない結論に到着している様です。

と、「桃太郎はうちこそが発祥だ!」
の、桃太郎伝説発祥論争とよく似ています。
こっちはあくまでゆずりあいませんが・・・・・・最近はもう岡山です

とにかく、そんなUFOの歴史を語う上では欠かせないロズウェル事件を、やっぱり真実!どころか、これまで語られたUFO都市伝説の全てが証明されかねない程のインパクトがこの「宇宙人の解剖」映像にはあったのです。
 

そんな、一大事件の真相を描いたのが・・・・・・

次回おはなしする、映画「宇宙人の解剖」。

さて、その内容ですが・・・・・・

 

(映画「宇宙人の解剖」編へつづく・・・)

 

 

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・・・・・・で、今回は

「恐竜・怪鳥の伝説」

なにぶん、特撮好きなもので、よく特撮話をしますが、東映特撮ともなると、自称”東映特撮マニア”は戦隊や、仮面ライダー、よくて、せいぜいメタルヒーロー・・・・・・の話題ばかり・・・・・・

ちょっと待て!それは東映特撮ヒーローマニアだろ、と心の中で突っ込みを入れて、やはり東映特撮といえば「忍者モノ」、「時代劇」と怪獣をハイブリッド、それと任侠と宇宙のハイブリッドに、「新幹線」大爆破!・・・・・・そして、本作だ。

この映画のことは、思い入れもあって大好きだ。
たぶん、日本で最後まで本作を愛せる自信がある。
趣味で、リメイク版の脚本も書いたほどに。

だから、リメイクしてほしい。

叶わぬ夢だろうけど・・・・・・。

本作は「ジョーズ」の大ヒットにより、柳の下のドジョウを狙った<水中パニック映画>が乱造された中、東映が本腰を入れて作った、大パニック映画だ。
たぶん。
 

 

↑特報からの予告編)

<<予告編からして、東映映画臭がぷんぷん漂って大好きだ!>>

 

主演は惜しくも昨年、亡くなってしまったが・・・

我らの兄貴「戦国自衛隊」の<矢野>さん、”渡瀬恒彦”さん・・・の仕事を差別しない姿勢がすばらしい。

 

何かを観てしまった人の悲鳴に始まる「放射能獣X」方式の冒頭から・・・・・・
(ちなみに「空野大怪獣ラドン」も「放射能獣X」方式でした・・・・・・)

唐突に恐竜プレシオサウルス(厳密には海竜なのだが・・・)がよみがえり、人が右往左往。(・・・UMAって、現れたら倒すものなのか?)
すると唐突に怪鳥ランホリンクス(厳密には翼竜)がよみがえり、更に人が右往左往。
ほぼ、いきあたりばったりに右往左往
まるで(映画の都合に)導かれるかの如く、二匹は戦い始め・・・そして(恐竜が蘇るのが一応伏線になっていて)富士山も噴火する。

とまぁ、この映画、はっきり言って、出来は悪い。

同時上映が、今のご時勢なら絶対ネットで炎上すること間違いなしレベルの実写版「ドカベン」な位だ。
まぁ、同時上映は映画の出来には関係ないけど

だが、この映画にも今だにすごいところがある!
子供向けのタイトルの様で、結構えぐい。

女性すら下半身を食いちぎられてえぐくしぬ

「ジュラシックワールド」先取りで、翼竜につれさらわれえぐくしぬ

・・・子供たちが大好きだった白影さん<牧冬吉>もえぐくしぬ

 

さすが東映、そのあたり容赦ない。
ついでに、似てもにつかぬ同時上映の実写版「ドカベン」山田太郎もしんでほしいが、作品の壁もあり、それは叶わぬ願いだ。
 

あと、プレシオサウルスの体表に水生植物とか絡み付いているのもいいポイント!

・・・・・・そもそもの造形はともかく・・・・・・

 


しかし、本作がなによりすぐれているのは・・・

すなわち「湖棲UMA(未確認動物)ってやっぱり恐いかも」がちゃんと描かれていることだ!

 

狙ったかは別に。

考えてみれば、ネッシーとか、イッシーとか・・・・・・湖棲(水中)UMAって、むちゃくちゃ恐い訳ですよ。
例えば想像してください。

皆さんが湖中央あたりでボートに乗っていたとします。で、湖を見る。当然、水はにごっていて、水中は見えない。
ふと、その濁った水の中、ボートの真下を影がよぎっていく・・・・・・それも、巨大な・・・・・・
一瞬、ボートが何かにあたり、大きくゆれて、湖に放り出される・・・・・・その時、足に何かがふれる・・・・・・


的な?

「魔の火山湖」「ロックネス」「ウォーターホース」「レイクプラシッド」・・・・・・古今東西、様々なUMA映画を観ましたが、実は、いまだに、「この湖の底に”何か”が潜んでいるので、湖中央までボートに出たくない」描写本作を超えるものはありません。
(「ジョーズ」ですら、サメ主観のため、人間視点だと、本作に軍配が・・・)

「ダイナソープロジェクト」はおしかった・・・・・・

てな訳で、現在のところ”世界一すぐれた湖西UMA”映画と、個人的には認定している作品。
映像メディアも出ておりますので、UMA好きはぜひご覧ください。

ただし、くれぐれも・・・・・・

映画としては駄目です。

追記)
ちなみに本作の、ランホリンクスの牙の描写は、様々な恐竜映画の中で学術的に一番正しいと、恐竜の専門家が何かの本でおっしゃってました
 

 

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↓さらに攻めた映画紹介へ一歩前進する勇気をもちます。

 

・・・ようやく「アタック オブ ザ キラートマト」論、完結編です。

本当はあと3回以上書けそうなのですが・・・・・・

 

という訳で、①、②を読まれていない方は、まず①、②をお読みください。

 

ということで・・・・・・

__________

(つづき)

 

さらにオドロキは、本作は
4)ミュージカル映画・・・・・・

・・・と監督が言っているので、そうなのだろう。
「アナと雪の女王」等の様に聞いて心地よい歌声はまるでないが、やぼったい男の歌声が、インド映画よりはるかに頻度少な目で幾度となく響きわたる。

だが、真に恐るべきは・・・
歌が心に刻まれる。

一度観れば、きっと口ずさんでしまうこと間違いなし。

 

<<YOUTUBEより抜粋>>

<<↑名曲ですよ、このダンスのグダグダさがたまらぬ・・・でへ>>


ああ、サウンドトラック、欲しい。
※これはマジにほしい

いわれないとミュージカル映画とは微塵も思いはしないけど・・・
ただ、この映画、このミュージカルと言い張る監督の主張が、クライマックスで思わぬ形で”生きてくる”ので要注意。

この”クライマックス”は、個人的ティムバートンの傑作三作の一本「マーズアタック」でオマージュを捧げられた名クライマックスである。(オマージュの元ネタが微妙なのは、さすがバートン)
でも、このアイデア、「怪獣大戦争」っぽくもあるけど・・・・・・

5)戦争映画である
何しろ、トマトが(一応)戦略的に攻めて来る。そして、アメリカが壊滅の危機に陥る。いや、、、
陥っているらしい。
そこで、特殊部隊が結成されるが・・・・・・

物語的にはそんなに重要ではないところが、この映画のすごいところ。

ちなみに、トマトが会話を交わす姿が微妙に可愛いのだが・・・・・・
キャンプファイアのシーンは数少ない笑えるポイントだ。

ん?コミュニケーションできるのなら、交渉して怒りを鎮めろよ、という突っ込みは野暮なのでやめよう。

それと、いかんせん、(偶然撮れたヘリコプター事故が一番の見せ場な程に)予算がないので、

 

<<YOUTUBEより抜粋>>

<<ハプニングで撮影の一番の見せ場ですが、本編に絡みません>>

 

戦闘シーンで別アングルでの使いまわしや、車輪がついたトマトを探す”アハ体験”な楽しみもあるぞ!

そんな訳で、もはや書くまでもなく、物語はあって、ない様なもの。
おりこまれたギャグの数々も、間も悪ければ、台詞センスも異世界。何かを学ぶ教訓もなく、おそらくは・・・テーマもない。


まるで、上司が飲み会で言うギャグが如く、

5)すべりたおす!つまらない!

が、ここまでくると・・・・・・

5)からこその・・・・・・

逆にオモシロくなってしまう、中毒性。
・・・・・・いや、飲み会の上司のギャグは全然つまらないが・・・・・・

実際、本国では、何をどう間違えたのか大人気で、シリーズ化、アニメ化、ゲーム化!※その一部は日本にも上陸。
大ヒット映画扱いだ。


ならば、観てしまおう!
思わず、そうなってしまうかもしれませんが、その前に・・・・・・

観了には耐睡眠スキルを要するので、装備を整えてから戦おう!

とりあえず、最初は普通、駄目でしょう。

一般人なら、まずこの映画は受け付けません。
 

ところが、何年かして見ると、また違う感動がある。

まうで、完熟トマトの様に味わい深い映画になるのです

・・・・・・といえなくもない作品であります。


まぁ、この映画以上にひどい映画なんていくらでもある世の中ですから・・・・・・お金かけて、メジャー扱いされていても・・・・・・。

とにかく、この映画の出現で映画業界は”開き直り”ということを覚え・・・

 

何やってもいいんだ、ということを覚えました。


故にその後、
トマトに続け!と「コンドーム」が、「ケーキ」が、「ドーナッツ」が、「雪ダルマ」が、「ウサギ」や「プードル」まで・・・・・・
あらゆるモノが人を襲い始め、映画が実ににぎやかになったこと考えれば、やっぱり歴史的偉業をなしとげたのではないかと、この映画・・・・・・

というのが個人的評価です。

さぁ、未見のみなさま、観ます?観ずにおきます?
観ずにいたところで、人生に影響はありませんが、観てしまうと、楽しめる映画の幅が(悪い方向に)きっと広がることでしょう。



 

・・・・・・にしても、トマトが人を襲う映画なんて・・・・・・
「さすが海外ってのは節操がなくてバカだなぁ」と思われる方もいるかもですが・・・・・・


蜜柑かぶって変身したり、4コママンガが武器の名前になっていたり、ありとあらゆる日用雑貨が怪人化して人を襲い、野球仮面が一人野球するヒーローものがヒットする我が国とて、あまり笑える状況ではなく・・・

まぁ、発想はどっこいどっこいってことです。

■追記)
先日、世界の兄貴、ジョージ・クルーニーが無名時代にお世話になった方に1億円づつ配ったという話がありましたが・・・・・・
この中に「アタック オブ ザ キラートマト」の監督、ジョン・デ・ベロはいただけたのか、「わたし、気になりますっ!」


なぜなら・・・・・・本作の続編「リターン・オブ・ザ・キラートマト」は、ジョージ・クルーニーのスクリーンデビュー作・・・・・・。

この話はまたいずれ・・・・・・

 

 

 

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↓きっとトマト以外の話にがんばれます。

 

・・・という訳で、「アタック オブ ザ キラートマト」評本題でございます。
という訳で、①をまだ未読の方は①から読んでやってください。

で、


とはいえ、この映画・・・・・・
なにしろ語るところがない!

しかし、それですませる訳にはいかない。

 

 


なにしろ、尊敬する映画評論家の淀川長治さんは、最近の「点数つけては炎上商法のあの”なんちゃって映画評論家」とは違い、どんな映画でもいいところ、ほめどころ、みどころを見つけ出し、”観たくする映画評論”をしていた。


それを見習わなければならない、のだ。

ということで、今回から映画紹介のやり方を変え、まずはポイントからご紹介。

1)なぜトマトだったのか?
2)ホラー映画を変えた演出論を発明?
3)これ、ミュージカル映画なのだ
4)そして、戦争映画だ
5)すべりたおす!つまらない!からこその・・・


ヒッチコックの「鳥」は罪深い映画である。
動物であり、コミュニケーションができないからこそ、”何を考えているかわからず”故に”理由なき凶行”を面白さと恐さに変えて、是としてしまったのです。

これにより”何”が襲ってきてもいい驚異のパニック映画システムをつくりあげてしまった訳です。

この映画でも、なぜトマトが人を襲うのか理由はわからない。とりあえず、怒っているらしい。

だからと言ってトマトが襲ってきても恐くはない。

だが、見方を変えれば・・・・・・
1)そもそも、なぜトマトだったのか?


何しろ、トマトは考えてみればえぐい食物であります。
外はプリっとしていますが、皮をはげばグチョグチョの赤い中身がつまっており、つぶれる姿は、見様によっては”生き物がつぶれる”姿に似てなくもない。


立派な、不気味ないきものだ!

 

実際、そんな理由でトマトを嫌う人もいる。

しかも、スプラッター映画の語源は、トマトケチャップが飛び散る様子を表現したSPLATという擬音が語源だ。
これは関係ないが・・・・・・

 

そんな会話が制作人の間で繰り広げられたかは知らないが、すくなくとも”本編”の中で上記の様な話が出ているので、そんな狙いだったのは間違いない。

しかも、この映画内のトマトは、”人を食らう”らしい。
で、

2)ホラー映画を変えた演出論を発明?

 

おそらくは「ナイト オブ ザ リビングデッド」トマト版的狙いがあってのこと(「ナイト オブ ・・・」で描かれなかったゾンビ戦争をトマトを代役に描いたとすれば、ストーリーのベースも似てなくもない)と思われるが、、、

らしい・・・というのは食べてるシーンがないし。

しかし、断片的なシーン、台詞などを総合すると、”人を食らってる”らしい。
これ・・・・・・最近の「人を食べることはレーティングの関係で抑え気味にして客層をもっと広げよう」ゾンビ映画で使われる構成論の源典じゃないか?


ザック・スナイダーの「ドーン オブ ザ デッド」しかり、食べているシーンはないのに、食べているっぽいとわかる、最近の数々の”消化不良”ゾンビの、演出を発明した映画となのではないか?

”何が人を襲ってもいいんだ映画”と供に、現代のホラー映画史を変える画期的演出方法を、トマトが人を襲う!という話と供に、この時、すでに発明していたのだ!

さらにオドロキは、
3)ミュージカル映画・・・・・・

 

・・・・・・なのですが、前後編で終わらせるつもりが、熱が入り過ぎて予想以上に長くなってしまいましたので、またしても、続きます。

 

「トマト」・・・・・・ひっぱりすぎ・・・・・・

 

 

 

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↓トマトに熱がこもりすぎは反省です・・・・・・

 

ヒッチコックが「鳥」で切り開いた動物パニック路線は、以後も「ジョーズ」や「アナコンダ」等を生み出したのは言うまでもなく、

(「ジョーズ」は一応、海洋冒険モノですが)

 

しかし、この”普段おとなしいくせに”と、「予想外のものが原因不明で人を襲っていいんだ」路線はいびつな方向の副産物を生み出しことになり、その結果・・・・・・

「アタック オブ ザ キラートマト」

などというものも生まれたのデス・・・(と、冒頭で本編も「鳥」を例えにしておられる)


それは、要するに・・・

 

・・・な映画。
※今回からイメージをわかりやすくお伝えするため、せっかくなので既存に限り、予告編映像も流用していきます

早い話、トマトが人を襲う映画ですわ。
・・・と、未見の方で、この映像を見て、「見たいわ!」と思った方、一応先に警告しておきます。

早まらない方がいい。
まずは、今回と次回の本文を読んでいただいてから考えてくださいませ。

さて、この映画が日本に上陸した当時は、いわばレンタルビデオ黎明期。一泊、1000円位した頃であり、まだ、品揃えもなく(しかも)店によってはVHSかβのどっちかしかなく)出せばそれなりに売れた故、今と違って劇場に興行が掛からないことは格下ではなく、むしろ、<夜乃>のすむ様な田舎では未公開作品はセールスポイントになりえた時代だったのです。

もちろん、そんな状況でもなければ、こんな映画・・・・・・

日本ではセールされない。

そんな訳で、<夜乃>の周りのホラーボーイどもはいきりたっていた。

ちなみに、この当時はホラー・・・というか特殊メイクブームの真っ最中。
今では信じられないが、<夜乃>の住む田舎の様な町でも、日曜昼に「サンゲリア」が放映され、土曜夜のゴールデンに「13日の金曜日」を見ることができた。(もちろん、残酷シーンはある程度カットされてはいるけども)

よって、日本でもヒットした・・・らしい。

そして、少なくとも、この当時のホラーボーイ達は一度は見た。そして、

絶望した。

かくいう<夜乃>も、ここまでどんな映画も、しっかり楽しむことができてはいたが、初めて
・・・映画を観て眠くなることがあることを知った。

それから時は経ち・・・・・・
誰もが記憶の片隅に追いやっていたこの映画が、どういう道を歩んだのか、なんとディレクターズカットになって日本に再上陸。
身体は拒絶しつつ、心は奇妙な義務感に蝕まれ、つい、購入したユーザーはきっと多数だろう。

そうだと信じている。

そして、多くのユーザー同様、すぐさまに身体は拒絶しつつ、心がうきうきしながら再生したのだった。


ディレクターズカットといいながら、最初のバージョンも監督のジョン デベロが編集しているので・・・と自虐ネタ入の、ディレクターズカットへの道則の導入部から始まり、

 

・・・そして、忘れかけていた、あの主題歌・・・

今では心に刻まれる・・・

<<↑要するに、トマトの進撃を説明してます>>

 

・・・この歌。

 

人間不思議なもので・・・

・・・むしろ、面白いかも。

例えて、小学生の頃「2001年:宇宙の旅」を観る。面白さもわからない。むしろ、冒頭の猿が無駄長くて眠いと感じる。
しかし、オトナになって、見直すと、無駄はない。どこをとっても面白い!

例えて、小学生の頃、全然、好きでもなかったし、むしろ”かっこわるい”と思っていた同級生に再会する。
そのかっこわるさが、逆に素敵かも?になっている。

そんな、衝撃かもしんない・・・・・・
ちがうかもしんない。

 

ということでなのかはともかく・・・・・・

 

以後、この路線・・・つまり、”何でも人を襲っていいよ”ジャンルはセール的に認められ(その状況は海外でも同じであり)「ケーキ」「雪だるま」はおろか、しまいには「尻」まで人を襲う映画が市民権を得て、世界を席巻していく訳ですが・・・

ちなみに、識者に突っ込まれる前に書いておくと「鳥」が切り開いた、”まさかこいつが!”路線派生のいびつジャンル発祥は、「空飛ぶモンティパイソン」の宇宙から来たブランマンジェが人を襲うスケッチだと思います!

 

・・・・・・が、ちなみに、これはどちらかと言えば、イギリスのSF作品、クォーターマス教授シリーズのパロディで、TVなので、今回の主題からはそれるので割愛。

原点ではありますが、この路線を”有り”にして、一本のジャンルとして(あっていいかは別に)映画史に刻んだ作品として、次回、ついに、この「アタック オブ ザ キラートマト」を、<夜乃>流にご紹介。

 

借りるの、はやまらないでよ。

 

 

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ということで、今回は・・・・・・

「高慢と偏見とゾンビ」

↑挿絵は本文と全く関係ありません・・・

 

ナタリー・ポートマン主演で映画化とか、かなり前から映画化の話があって、原作小説も読んで、ずっと待っていたのですが・・・・・・
ハリウッドにありがちな紆余曲折の末、忘れかけた頃にようやく完成。


しかし、これだけ待ちながら・・・

地元の映画館では興行がかからぬという、あるある。

さて本作、やたらと海外ゾンビ文学が翻訳・発売されたある一定時期(「ぼくのゾンビライフ」や「ワールドウォーZ」などが刊行)に、当然、一部の間で話題になった・・・・・・

名作文学、「高慢と偏見」ミーツ「ゾンビ」

いわゆる、パスティーシュ小説の映画化。
読まねばならぬ、と思いつつ、中々第一歩を踏み出せぬ、世界文学の名作と、ゾンビという方向性が真逆なものが、見事なまでに、違和感なくMIXされて話題になった作品なのです。
 

言い換えれば・・・・・・
「若草ゾンビ物語」、「赤毛のアンとゾンビ」、「罪と罰、とゾンビ」・・・・・・的な。

原作はなかなかに長大なので、映画はそれなりに端折りはしているので、原作と比較してどうのとか語るのは野暮なので、「観てから読むか」「読んでから観るか」は、おまかせします。

・・・というか、比較しようにも・・・
あまりにも原作を読んでから、映画になるまで時間がかかりすぎて、原作があまり記憶に・・・・・・。

それと今回の主旨から外れるので「高慢と偏見」論も割愛です。

文学科の詳しい人にでも聞いてください。

 

ところで、本作、原作が出た時には、あまりにも”見事なMIX”だったので、今後、この手法は盛んになる筈、といわれいたものですが

 

あまりにも高度な構成力を必要とする為、全然、後が続かなかったのはちょっと残念。
(最近は、マリーアントワネットが主役のゾンビ物とか、やはりゾンビ大好き日本人!の方がこの手法を活用しはじめてきた様子ですが)

さて、映画版ですが
文学的な映画の雰囲気を漂わせようとがんばりつつも、アクションとして無難にまとまっており、逆に言えば、

 

いっそどちらかに振りきるか・・・・・・

または、例えば、過去の「高慢と偏見」映画版に寄せて作る等が、ある意味、原作小説の狙いを映画化できたのでは?

 

と色々、足りない気分で終わる出来。

それと、せっかく、ゾンビ退治が淑女のたしなみとして重宝される大英帝国上流階級の世界なのに、淑女のたしなみ感が弱く・・・何かと、会話の代わりに拳をかわすのが社交術っぽくて世界観を活かしてこれはこれで良いのですが・・・やっぱり、どうしてもゾンビ相手に、もっとその技を見たかった消化不良感。

もったいない。

「シンデレラ」で表題の姫を演じたリリー・ジェームズが演じるエリザベスが、物語上では美人なベラ・ヒースコート演じる長女より、どうみてもオーラを放ちすぎているのも、ちょっと問題だ!

もったいない。

文芸映画とゾンビ映画、両方の雰囲気をマスト目指そうとしすぎて、どちらにもなれない、そんな抜けきらなさが、ある意味・・・・・・
皮肉にも文学の映画的な退屈さもかもしだし・・・・・・

個人的には総じて・・・・・・

でも、これはこれで好き!

という、好事家スピリット全快に、楽しめました。


ただ、一般層に響いたかは別で、メジャー寄りの「ゾンビ」映画にしては、話題にならず・・・

 

これが大ヒットでもしていれば、もしかしたらホラー映画史に「文学」ゾンビのジャンルという流れが出来ていたのかも?というIFは、実にそそられ・・・・・・。

トムソーヤの世界にゾンビ、とか、ジャン・バルジャンとゾンビ・・・・・・とか、色々な応用を見てみたかったかも。

最後に、そんな欲求をささやか満たす名作を推薦。
グラフィック・ノベル(アメコミ)ですが・・・・・・
「ヴィクトリアン・アンデッド:シャーロック・ホームズvs.ゾンビ」

ゾンビ物でありながら、ちゃんとシャーロックホームズ物になっていますので、ぜひ!

あまり多くは語れませんが・・・・・・

 

衝撃の、”ライヘンバッハの滝”のその後を見ることになります・・・・・・


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