私はたまたまフルフィルメント瞑想にフィットしたが、気になっていた瞑想があと二つあった。

TMと相川圭子さんの瞑想である。



なんでふとTMやらのことを思い出したかと言えば、この動画の中で元プロレスラーの前田日明さんがTMを那須川天心さんに勧めていたからだ。



(瞑想の話は18:00あたりから)



前田日明さんがやっていたのも驚きだが、那須川天心さんも何某かの瞑想をやっていたのも驚きである。

というかこの瞑想に関しての宣伝は私よりも前田日明さんの方がよっぽどうまい。



以前どこかの記事でTMについては触れたが、これはフルフィルメント瞑想創始者ボブ・フィックスのマスター、マハリシ・マヘッシュ・ヨーギーが教えていたものだ。



フルフィルメント瞑想の教師にTMについて聞いたことがあるのだが、形式はどうやら同じものらしい。

いわゆる伝授があって、あとはマントラを一度だけ唱えて坐っている、というものだ。



何が違うかといえば、フルフィルメント瞑想では自分の好きなマントラを選んで何個でも実践できるが、TMは始めた時の年齢によって与えられるマントラが決められており、生涯その一つのマントラを使用するらしい。



その柔軟性のなさをボブが改良したものがフルフィルメント瞑想らしい。

(あとTMは高い)



相川圭子さんの瞑想に関してはまったく私は無知で経験もないが、外側から見た感じでは恐らく系統は同じものだと思う。



こちらはやや宗教くさいが、それに関してOSHOの弟子である私がとやかく言えることではない。

また、この「宗教臭さ」「マスターを信頼して帰依すること」が役立つ人種というのもいるのだ。



興味があったので一度相川圭子さんの団体に電話をかけ、「OSHOの弟子なんだけどちょっと試してみたい」と言ったら、「そんなインスタントにやるものではない」と怒られた。

至極真っ当な主張である。



TMはチベットの伝統に属しているらしいが、彼女もヒマラヤ方面でこの瞑想に触れたらしく、あの地方ではどうやらこういう文化が盛んらしい。



にしても「宗教」だとか「瞑想」というのは欧米ではそんな忌避されていない印象だが、先進国では日本がダントツでハードルが高いと感じる。

オウムの影響なのか、無宗教国家なのが原因なのかは知らないが、「宗教」といえばアウトだし、「瞑想」というとちょっと怪しいし、「坐禅」といえばギリセーフみたいな感じがある。



私みたいなインチキスピリチュアルおじさんが瞑想について語るよりも、前田さんや那須川さんのような健康おじさんが瞑想の話をしてくれる方がよっぽどいい宣伝になるのだ。

ありがたい話である。




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