今日は、私の所へ来てくれているヘルパーさんのお話を、します。望月ヘルパーなのですがいじめは、良くない私はいじめられていたと話を、したら望月さんは私はいじめる子の気持ちもわからないしいじめられる子の気持ちもわからないと、いわれました。なぜっておもった。あんなに気持ちのわかる望月さんがと本当に なぜ  としか思えなかった。数日後望月さんが、  私ね。りかさんバスに、乗って原爆のあったころの写真展を、見に行ったさぁ。涙が、出てしかたが、なかったって言いました。いってきます。は死んできます。の意味だと話を、してくれました。どの光景も目に焼きつくほどで、涙が止まらなかったって望月さんが私は今の17歳の子達が、なぜ原爆の展示会にいかないのか。こう言いたかったんだと、おもいます。お母さん僕は、お国のために行ってきます。といったころの時代と今の子は、遊ぶお金を親からもらい遊んでる東京なんか行けばすぐそんな光景なんてわかる。今の17歳の子が原爆で死にに、行く子の写真展に、行かない。それが、いじめの原因だと思う。と気持ちを、わかってくれました。この人生の先輩にこんなにも、思ってくれるヘルパーさんってとなんか遠慮したくなるほどでした。テレビを見て恵まれない子たちに支援をするんだけど日本でいじめられて顔を、雑巾で、ふく子も、可哀そうだと涙が、止まらなかったと話てくれました。十分です。こんなにわかってくれて本当にありがとうございます。そしたら転勤するかもしれない望月さんのご主人が、俺達に、出来る事は、あるのかな。と言ったそうです。こうやって出会い出来事が、あることそしてこの今の時代に、生きていられる事にもっと感謝を、しなくては、と思いました。これが望月ヘルパーさんとの絆です。         

皆様実は風邪が、まだなおらなくて昨日夜ふかししてパソコンしていたからか、風邪だからかなと、思ったら、きっと風邪薬を、のんで、いるから眠かったんだろうって感じた。だから春祭りへは、いけれなかった。しかたない、風邪うつしても、困るしね。朝観越しには、行ったんだからもう機械音痴で、パソコンの、操作が、わからなくて、送信できるかどうか不安です。できたらひと安心ってとこかな。私もし願い事が、叶うならハイジの村に夏息子と是非行きたいとおもいます。でも彼女じゃないから、いやかな。母と、行くのはなんだかいままで母として会話をしてきたからもう二十歳すぎれば立派な大人として認めたしこれからは、人として女としての言葉を、つたえようと、おもっているんだけれどなんかいまいちってとこ娘とは女同志だからいいんだけれど息子おとなしいし男って皆そうかなでもいざとなったら頼りがいあるしよくいろいろな事しっている大人だね。これからも、やっぱりかわいい息子とどんな絆をむすべばよいのか。きっとシン剣に考える時が、来ると思う。疲れをとり癒されてまた調子のいい私に戻ったら出来ると思う。頑張って治さないと病気になんか負けられない家族がせ、いるんだもん。

今日は、お祭りに、行ってきました。内田さんが、焼きそばを担当していて子供達もがんばって、いました。桜が、きれいでした。みそおでんもおいしかった。おまけね。っていったから何かなと、おもったら内田さんが焼きそばを1個おまけしてくれました。ふうかのダンス教室に、付き合って石和まで行って帰りがけに、温泉でもいきたいね。という話になり、やまなみの湯へ4人でいきました。なんか思った事は、なぜ我が子のときは、説明をして怒らないでおとなしくさせていたのに、孫達には、心配で、ケガでもしたらどうしようとただ心配でだめ危ないからとかついいててしまう。我が子とまごは、違う。我が子なら全責任があるだからという気持ちが、あった。母親だからいうことを、きかせるのは当たり前だろうと思っていたけれど、孫は、ママもパパもいるでも私が、きっと心配だからと説明をしたらふうかもたつきもなくだろう。そして我慢をすることになる。子供には、我慢ではなくて、納得するくらいのわかったって言ってくれるほうが子供には、いいと思うだから我慢させるより、少しくらいちっと厳しい注意のほうがいいのかな。と考えた。孫は孫でも、きっと絵本なんかママは、シマジロウなんかを教育としてみせているけれど私は日本昔話とかがいいとおもう「アリとキリギリスのお話なんかありがまじめで゛キリギリスは遊んでいたからこまった。というお話でしょう。それを、キリギリスは、いいね。うらやましいね。綺麗な音色で夏におもいを、だせて、よかったねっていうとおもいます。ありさんは、まじめだから時には、キリギリスに、なってもいいんだよそしてありさんのように、まじめになる時は、なると親や大きい親おじいちゃんおばあちゃんが子供につたえること。それが教育だと思います。明日は、自分の時間がもてる日です。なにしようかな。一日なんてあっという間時はすぎてゆくもの人の命を、削り取ってそれが、定めなん億こう年短い時を家族とはそこにあるそれぞれの思い信頼大切な時にしか気づかない思いやり夫に、対してだけどでもこれからも人として頑張ってやっていこう今までそういう生き方だったしそのほうが私らしくていいし楽だし自由だもんね。