今日は、お祭りに、行ってきました。内田さんが、焼きそばを担当していて子供達もがんばって、いました。桜が、きれいでした。みそおでんもおいしかった。おまけね。っていったから何かなと、おもったら内田さんが焼きそばを1個おまけしてくれました。ふうかのダンス教室に、付き合って石和まで行って帰りがけに、温泉でもいきたいね。という話になり、やまなみの湯へ4人でいきました。なんか思った事は、なぜ我が子のときは、説明をして怒らないでおとなしくさせていたのに、孫達には、心配で、ケガでもしたらどうしようとただ心配でだめ危ないからとかついいててしまう。我が子とまごは、違う。我が子なら全責任があるだからという気持ちが、あった。母親だからいうことを、きかせるのは当たり前だろうと思っていたけれど、孫は、ママもパパもいるでも私が、きっと心配だからと説明をしたらふうかもたつきもなくだろう。そして我慢をすることになる。子供には、我慢ではなくて、納得するくらいのわかったって言ってくれるほうが子供には、いいと思うだから我慢させるより、少しくらいちっと厳しい注意のほうがいいのかな。と考えた。孫は孫でも、きっと絵本なんかママは、シマジロウなんかを教育としてみせているけれど私は日本昔話とかがいいとおもう「アリとキリギリスのお話なんかありがまじめで゛キリギリスは遊んでいたからこまった。というお話でしょう。それを、キリギリスは、いいね。うらやましいね。綺麗な音色で夏におもいを、だせて、よかったねっていうとおもいます。ありさんは、まじめだから時には、キリギリスに、なってもいいんだよそしてありさんのように、まじめになる時は、なると親や大きい親おじいちゃんおばあちゃんが子供につたえること。それが教育だと思います。明日は、自分の時間がもてる日です。なにしようかな。一日なんてあっという間時はすぎてゆくもの人の命を、削り取ってそれが、定めなん億こう年短い時を家族とはそこにあるそれぞれの思い信頼大切な時にしか気づかない思いやり夫に、対してだけどでもこれからも人として頑張ってやっていこう今までそういう生き方だったしそのほうが私らしくていいし楽だし自由だもんね。