今日は風邪も、治ったことだしいいかなと、思っていたら昨日夜ふかしを、してしまい午前中はウトウト寝てばかりいました。午後から娘達と一緒に温泉へ、行きました。とても、よかったけれど、1人で、行くと本当に疲れはとれます。それでもお昼くらいに食材と生活用品を会に行きました。また今日お伝えしたいことがあります。私は障害を、もっています。その闘病生活と、歩んできた道のり人生という長い旅路に、想いをはせたいと思います。私がおかしくなり、同級生が白い目でみてばかにするそしていつもばい菌呼ばわりをされていました。でも今思うことは、いじめた子の気持ち学校で自分も言われてる家庭の複雑な事そして皆が皆同じではないということその人のことも良く考えずにいじめは悪いそういう目で見るひとが悪いだから許せないってでも相手の気持ちを考えてあげるべきだった。いじめない子もいたのも事実です。殻にとじこもり現実から目をそむけてた。それが青春時代16で結婚出産子供を一1倍心配をしていじめられては困るそしてその心配さが遺伝することなく元気な子に、育ったと思います。それはいつの日も味方でいてあげる事きもちをわかってあげて応援してあげることそして私は息子に教わったことが2つあります。1つは私が調子が悪くて洗濯が出来なかった時いいよ僕それ着ていくからと素直にいって学校へ行きました。そしたら汚いばい菌とからかわれでもまさやは別にかまわないだろう関係ないお前には、まさやのこころお母さんが病気でこんなに調子悪くても僕をそだててくれている汚いのなんか別に恥ずかしくない旨をはって学校へ行ったまさやは立派だと思いました。2つ悪い仲間とは縁を切って新しく社会へでるといってえんを切った同級生が自己死まさやはいろいろいわれるのを覚悟で葬式に行き挨拶をして御焼香をして帰ってきました。強いいい子を、もって私は幸せ者だと思いました。障害はたしかにできないことあきらめるしかないことがあります。でも人を思う心だけは持っています。そして出会いがありヘルパーさんが掃除の楽しさと料理の基礎を教えてくれました。今では、週3回きてもらっているので部屋は綺麗です。いろいろな忘れられない人達がいてくれて楽しい思い出を作りました。なによりの私の宝です。時期ってあると思います。しゃべれなかった時閉じこもっていた時ありましたがいつの日も明るい子供たちがいてくれたので私も一緒にたのしめました。障害をもつことの不自由さもどかしさ不安人と会いたくないそれはこそだてをしながら学んだこともあります。それがおおきかったと思います。今度はもしなにかあったら今のわたしに下さい本当のきもちを、そしたら答えられる私になっていると思います。
今日は午後晴れたので、温泉へ孫と2人ででかけました。たつきは熱いお風呂が苦手なのですが、べビーの小さなおけにお湯を入れてあげてはいらして、おいたらおとなしく入っていました。そして大きなお風呂へ入り露天風呂へ行き入り青空が青くていい日になったね。といったら眩しそうに空を見てました。そしてアイスを食べお寿司を買って少し本を読んで帰ってきました。もう2時間はお昼寝を、しています。私は思うことが、あります。専業主婦の良さと働くお母さんの良さということです。専業主婦は日中に洗濯掃除片づけは、自分のペースで出来ます。そして空いている時間は子供と公園へ行ったりデパートへ出かけたりサークルへ出かけたり子供と一緒に出かけます。そしてお昼寝もできます。のんびりとした生活ができまた子供が幼稚園へ行くようになればやりたいことが、出来ます。習い事もそうだし好きなドラマや好きな本も日中読めます。自分の時間がもてるようになります。それが専業主婦のいいところです。共働き働いている女性は好きな仕事が出来ます。人と話す機会もあります。そして奇麗な格好をするので奇麗な母親でいられます。なにより子供と早い時期に人生のお話が出来るということです。どうして仕事を、しているのか。どんな気持ちで働いているのかを子供とお話が出来る母として女として人として早い時期にそれが、出来るということですそしてお互いに頑張るということが出来るというのが働く女性のいいところです。それには旦那さんの気持ちというのがおおきいです。専業主婦の人が働きたくてもだめといわれれば家庭がぎくしゃくしてしまうし働ける女性は旦那さんが理解のある人ということです。夫婦は他人です。でも同じ屋根の下にくらしていると絆がどんな形にせよ長い道のりあると思います。思いどうりにいかない時はこの絆を考えて下さい。そして何より自分がよりよく生きれるように子供としっかり向き合えるようにと私は思います。年をとるということはけしてつらいことばかりではなく自分の人生をどんな気持ちで歩いてきたかそして出会いはどうであったか人生とはまさに思い出作りだと思います。
今日の出来事は家のお風呂を、プールとして水着まできて入ろうとしたら夫が先にすでに入っていました。はっきりいってジジィと思ってしまいました。でも後でしっかりとお風呂プールへ入り孫と遊びました。今日お伝えしたいことは仏の道に救いはあるかと、いう本を読んでの感想をお伝えしたいと思います。ありのままから仏様を信じるととても信者さんの言葉は、新鮮でしんじられるものなので気分が明るくなれます。そのありのままのスタートが医学的には難しいということなのか神が教えてくれるのではなく出会いが教えてくれるものと思います。心の答えを出すことの難しさ結果よりプロセスが大事なのか結果がものをいう時代なのか心の中でなぜなぜそう思うのかなぜそんな気持ちになるのかをみつけると不安は頭の中にあり心の中にはないということ。ひとりが悟りひとりが悟って一体そのひとりに、なにができるというのだろう。やれることは、限られています。ひとりひとりがいるからこの世界は成り立っています肉体は滅んでも生まれ変われるという人もいますそれが神仏のなせるわざなのかこの世でおねがい事ふだんのお願いごとなどというものではなく魂の本当の願いが来世の自分に神が聞き届けまたこの世にチャレンジしてくる今神が地上にあらわれているもしやなにかおこることは不思議ではないはずだ世紀末の時代だからやるべきことはやらなければ神がいてこの地上に大きな痕跡を残すことは可能だ。こころが1番大事周りの人からは綺麗ね美しい人とおもわれてもこころがみにくくければなかなか人生のパートナーには本気で愛されないということです。釈尊の美しさとは、なにもかも捨てて自由になり修行の道を、歩まれたことが美しさですこの教えは正しいけれどあれはちがうというのもおかしな話です。仏教とはこころをみがき優しさを大切に皆神仏の子なのだからわたしも卵の時代さなぎの時代蝶の時代を生きています。たとえ蛾になっても蛾は蛾らしくいきてゆくことでしよう。私は私なのだから本当に西村公朝さんには感謝の気持ちでいっぱいです。本当に有難うございました。今日は神仏についてお話をいたしましたが本はねとても自分を磨くものだと思います。これからもいろいろな本を読み感想を書こうと思います。