研究の連続性について | 基礎研究者のブログ

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医学・生物学系の研究者のブログです。2012年9月からアメリカのニューヨークで仕事をしています。近況報告がてら、仕事、育児について書いています。

アメリカに来て思うのが、連続してそうに見えて非連続な研究が多いということ。むしろ、非連続性こそがアメリカのお家芸なんじゃないかと思うくらい。

日本にいた頃というか、即ちそれは現在の僕のスタイルでもあるのですけど、一貫した連続性をもった研究をすることが良しとされる傾向にある環境にいました。僕はここ9年くらい、それなりに自分なりの一貫性をもった研究をし続けているし、現在のプロジェクトもその発展を目指しています。プロポーザルもそうした書き方をしています。

このスタイルは、自分のサイエンスをひとつのストーリーとして説明しやすいという利点があります。面白さを共有しやすいし、次の一手の必然性や合理性を納得してもらいやすいんです。もう一つの利点は、研究でコケるリスク、競争で負けるリスクが相対的に低くなることです。これらの利点はグラント申請書を書く時に有利に働きます。

しかし欠点があって、いわゆる”イノベーション”をもたらす仕事にはなりにくいんですよね(そもそも、イノベーションの定義が非連続性を含有しているからアンフェアではあるのですが)。

非連続の典型は何かというと、僕が一番ピンと来るのは利根川進なんですよね。本人なりには転写制御というテーマの一貫性があったようなのですが、僕から見ればまるで違う。SV40の研究から免疫細胞の多様性の問題に移って、現在は知能や記憶の研究をしています。実際に本人も、「最初にヤーネのラボに行った時に分子生物学の基本に則った議論をしたら、相手が眼を丸くしていた」なんて言ってます。これは非連続、あるいは水平移動の典型だと思うのです。過去の自分をあっさりと捨て去る勇気と決断力を持っているということを、凄いと思います。

僕は連続性をもった研究が悪いとは思いません。自分のスタイルにはそれなりの自信があるし、多くの研究は連続性の上に成り立っているはずです。ただ、自分がどのスタイルを選択するかの問題だと思います。しかし、自分のラボを持とうと思ったら、最初の一歩はイノベーティブであればあるほどに、競争から一歩離れてスタートできるし、最初のダッシュで突き抜けやすいと思うのです。

僕の研究スタイルを強制的に変えることを目指して、現在の研究室に来ました。つまり、まったく異なる分野から自分の研究を見つめ直すということで、自分の連続性に横やりをいれてみたかったんです。現在のボスは非連続の塊みたいな人間で、何かを続けるという事がまるでありません。内部から観察してみると、過去の研究の流れも驚くほど非連続。過去の仕事で現在も続いている仕事は何ひとつないという徹底ぶり。僕の最初のプロポーザルに関しても、「つまらん。想像の範囲を超えない。」とバッサリ。

それで落ち着いたプロジェクトが非連続的なものであればいいのですけど、どうなのでしょうね。連続か非連続かは意見が分かれるところだし、自分でもよくわかりません。ただ間違いないのは、日本では想像もしなかった仕事に着手しているという事と、自分がそれを怖がりつつもワクワクしながら進めていることだと思います。

ハイリスクな仕事は、実は周りがハイリスクだと言っているだけで、実行してみると意外と簡単だったりすることが多いんじゃないかと思うことがあります。今回はどうなんでしょう。

この仕事を完成させて、無事に日本に帰れると良いんですけど。
いずれにせよ、気の長い話です。