ずいぶん時間が空いてしまったのですが、「マルホランド・ドライブ」解説記事の続きです!
何年も前に書きかけて、途中で力尽きてしまっていて。4K版を映画館で観て、一気に続きを書く気になったという。
「その1」 「その2」 「その3」 「その4」 「その5」の続きです。時系列に沿っていますので、まずそちらをご覧ください。
最後までネタバレしています。また、書いてあることはすべて自己解釈であり、公式な見解に基づくものではないです。ご了承願います。
ブルーボックス
クラブ・シレンシオで「何か」に気づいたベティは、バッグの中に「青い立方体の箱」が出現しているのに気づき、リタと共にヘイブンハーストの家に帰ります。
帽子箱からリタのバッグを取り出し、青い鍵を取り出したところで、リタはベティが消えているのに気づきます。
リタは青い鍵を青い箱に差し込み、青い箱を開きます。箱の中には暗闇があります。リタが暗闇を覗き込むと、リタも消えて箱は床に落ちます。
物音に気づいたルース叔母さんが入ってきて、誰もいないことを確認します。床に落ちた箱も、ベッドの上にあったはずのバッグや帽子箱も消えており、ベティとリタがいた痕跡はまったくなくなっています。ルース叔母さんも、どこにも行かずずっとこの家で暮らしていた様子です。
青い箱と青い鍵は、ベティが目を覚まし現実(ダイアン)に戻るためのアイテムということになりそうです。
鍵はリタが、箱はベティが持っています。「リタとベティが合わさる」、つまりリタとベティが同一人物であることを自覚することで、夢は覚めます。
この世界はダイアンが見ている夢なので、リタもベティも共にダイアンの分身です。ベティの方が先に消えて、リタ一人が残っているのはそれを強調しているようです。
「人が夢を見ているとき、夢の中に出てくる他人は何者か」という問題が、ここでは思索されています。
「ダイアンが見ている夢の中に登場するリタ」は、カミーラ・ローズを投影して、ダイアンが作り上げたものです。クラブ・シレンシオで再三言っていた「レコーディングされたもの、まやかし」であると言えます。
リタを想像しているのは眠っているダイアンなので、「リタはダイアンが演じている役柄」であるとも言えます。ダイアンは夢の中で「ベティとリタの一人二役」をしているようなものです。(他の登場人物たちもぜんぶダイアンである、とも言える訳ですが)
一方で、夢の中に登場する人物の行動というのは、必ずしも夢を見ている本人の思い通りにはならないものです。思いに反した行動をとったり、不条理な行動をとったりもします。だから悪夢が生じる。その点では、「夢の中の他人はやはり他人である」とも言えます。
ここでルース叔母さんが登場するのも、面白い表現だなあと思います。ずっと夢の中の世界を描いてきたのに、ここは現実の世界ですよね。
現実では、ヘイブンハーストの家はルースという女性の家であり、その人はダイアン/ベティとは何の関係もない人です。(ダイアンの叔母は遺産を残して亡くなっているので)
この家は、ハリウッドの底辺で生活していたダイアンにとっての憧れの家だったのかもしれませんね。
ダイアンがこの家で暮らす夢を見ることは、その家で暮らす現実のルースとは何の関係もないはずだけど、ここでルースは「誰かが夢に見ている世界」の気配を感じ取り、音を聞いている。
夢の世界が、現実に侵食している。これも、多くの作品に共通するリンチ流の世界観です。
目覚め
シエラ・ボニータの17号室で、赤いシーツの上で眠る女。
カウボーイが「よう彼女。起きる時間だ」と声をかけます。
眠る女は、同じポーズの死体に変わります。
カウボーイがドアを閉めると、ベティだった女はダイアン・セルウィンとして目覚めます。下着はグレーです。
ダイアンの夢の中の世界で、カウボーイは陰謀に基づいて世界をコントロールする超自然的な存在として描かれていたので、ダイアンを起こしに来るのがカウボーイであるのは納得できることです。
夢は辛い現実からの逃避だったので、そこから目覚めることはダイアンにとって絶望を意味します。
アダムとの会見で、カウボーイは「うまくいけばもう一度私に会う。しくじれば二度会うことになる」と言っていました。
ダイアンはアダムの家のパーティーでカウボーイに会っているので、これは実は「二度目」です。ダイアンは「しくじった」ことになります。
ダイアンとデローザ
ドアをしつこくノックしてダイアンを起こしたのは、12号室の住人でダイアンと部屋を交換したLJ・デローザでした。
彼女はダイアンの部屋に置きっぱなしだった食器を取りにきています。ダイアンが「3週間も応答しなかった」「二人の刑事が訪ねてきた」とデローザはいいます。
彼女は食器と共に、テーブルに置きっぱなしだった「ピアノの模様の灰皿」も持っていきます。
テーブルには、青い鍵が置かれています。
夢の中でベティとリタが訪ねた時、デローザは食器を取りに行くと言って、17号室のドアをノックしていました。このシーンはその場面のトレースになっています。
「二人の刑事」の来訪は、ダイアンがカミーラ殺害を依頼したことが既に露呈していることを意味する…ように取れます。この不安が、夢の中では「事故現場を調べる二人の刑事」や「ダイアン・セルウィンを監視するサングラスの男たち」という形で現れていました。
「3週間も行方が知れなかった」のは、ダイアンはずっと「死んだように」眠って夢の世界にいた、ということなのか。
あるいは、カミーラ殺害の実行に備えてアリバイを作っていたのかもしれません。
一方でカミーラ殺しを依頼しながら、ダイアンは夢の中ではそれを後悔し、カミーラを殺し屋から逃れさせ、かくまう方向のストーリーを描いていました。
カミーラ殺しは交通事故で失敗し、カミーラは記憶を失い、リタとしてダイアン(ベティ)のもとに帰ってくる…という「ダイアンにとっての甘美な夢」です。
しかしそれは現実逃避でしかない…ということも、ダイアンはわかっている。それなので、夢の中には殺し屋や陰謀が渦巻き、何者かがリタを恐れさせ、カウボーイやクラブ・シレンシオが「これが夢である」ことを突きつけてきます。
そんな夢を見るほどに後悔していたダイアンですが、テーブルの上には青い鍵が。
これは「カミーラ殺しが完了したことを示す合図」です。ダイアンは「選択を間違え」、それは既に取り返しがつかなくなっているのです。
灰皿とマグカップ
デローザの持ち物だった「ピアノの模様の灰皿」の有無が、後半部分の時系列を理解するのに役立ちます。
17号室でダイアンがカミーラと愛し合うシーンでは灰皿があるので、それが過去の回想であることがわかるようになっています。
ダイアンはまた、コーヒーを飲むのに茶色いマグカップを使っています。これは前半で何度も映されていた、ウィンキースで使われているコーヒーカップです。
これはおそらく、ウィンキースのシーンがダイアンの夢であることの証拠の一つなのだと思われます。夢の中に、日頃使っている持ち物が出てくるのはありそうなことです。
ダイアンとカミーラ
時間を行き来しながら、断片的にダイアンとカミーラの関係が描かれます。
ダイアンとカミーラが知り合ったのは、映画「シルヴィア・ノース物語」のオーディションにおいてです。
ダイアンは主役を望んでいましたが、監督のボブ・ルッカーに気に入られず、主役を射止めたのはカミーラでした。
しかし、ダイアンはカミーラと愛し合うようになり、彼女をシエラ・ボニータの家に迎え入れます。(ダイアンとデローザが部屋を交換したのはこの時かもしれません。17号室の方が二人で暮らすのに都合がよかったとすれば)
しかし、「シルヴィア・ノース物語」でカミーラはスターになり、ダイアンとの差はどんどん開いていきます。
若い映画監督のアダム・ケシャーとカミーラが接近するのを、ダイアンは端役として参加する現場で見せつけられることになります。
そして、カミーラはダイアンに「関係を終わりにしよう」と切り出します。ダイアンは激しく混乱して拒絶します。
カミーラの言い訳を聞かず、ダイアンは彼女を家から追い出します。カミーラはアダムの家に移ったのでしょう。
一人残されたダイアンは、カミーラを思って惨めにオナニーすることになります。
赤いランプの部屋
赤いシェードのランプが置かれ、吸い殻でいっぱいの灰皿と、黒いプッシュ式電話がある部屋。
そこに電話がかかってきて、ダイアンの留守録メッセージが流れます。
ダイアンが出ると、カミーラが待たせているリムジンに乗るよう促します。
これは、夢の中で「意味ありげな謎の電話」として描かれていたシーンですね。
この部屋はどこなのか…。カミーラがダイアンにかけてくるのだから17号室のようですが、ダイアンの家には別に電話がある描写があります。この赤いランプの部屋はダイアンが眠っていた寝室とも異なり、映画の中で描写されていません。
また、吸い殻でいっぱいの灰皿も不可解です。ダイアン/ベティが煙草を吸うシーンは一度もなく、ピアノの模様の灰皿にも吸い殻は一切ありません。
ここから浮かび上がってくるのは、前半の夢の物語の中でほのめかされていた、売春組織のイメージです。
ミスター・ロークやカスティリアーニ兄弟などの、強圧的な権力を持ったイタリアン・マフィアのイメージ。
ジョーが回収した、顧客リストっぽい「ブラックブック」の存在。
ジョーが売春婦に聞き込みをしていたこと。
汚い部屋の毛深い男たちがかけてくる電話が、赤いランプの部屋につながるイメージ。
シエラ・ボニータから、高級車に乗りこむ安っぽい身なりの女。
華やかなハリウッドの裏にひそむ、落ちぶれた女優たちが飲み込まれていく売春組織の闇…というようなバックストーリーが、本作には隠れているような気がします。
赤いランプの部屋は、いかにも「それ用の部屋」にも見えます。
灰皿の吸い殻は、客である男たちが吸ったものかもしれません。
女優として成功せず、カミーラのお情けで役をもらっていたダイアンは、カミーラと切れることで収入に困ったはずです。彼女は売春婦に身を落としていたのかもしれません。
赤いランプの部屋が17号室でないなら、どこか…は不明ですが、12号室が怪しい気がします。
12号室に売春用の部屋がしつらえられていて、ダイアンはそこで商売をしていた…というイメージです。そうなると、デローザも売春仲間であるということになりますね。
夢の中ですが、ベティが電話帳でダイアンの家を調べて電話をかけると、この部屋につながっていました。部屋の交換があったことを思うと、電話帳には12号室の番号が載っているのは頷けます。
「ブラックブック」のことも思い出すと、ハリウッドの大物を対象に、駆け出しの女優に売春をさせるような高級コールガール組織というようなイメージもできます。夢の世界でほのめかされていたマフィアや陰謀はその断片なのかもしれません。
マルホランド・ドライブのパーティー
マルホランド・ドライブの途中でリムジンは停められ、ダイアンは抗議します。これは「サプライズ」で、カミーラが迎えに来て、「近道」を通ってパーティー会場であるアダム邸へ向かうことになります。
これ、カミーラの特別な計らい…のようでもありますが一方で、ダイアンを正面ではなく、裏口から入らせているようでもあります。
ダイアンはこの頃既に、こんな業界人のパーティーに正面から呼ばれるような身分ではないのかもしれません。
この「サプライズ」は夢の中では、暴走者がリムジンに突っ込むという「サプライズ」へと変換されます。
ダイアンはアダムの母ココに紹介されます。夢の中では、ヘイブンハーストのアパートの管理人だった人物です。
ダイアンはココに女優を目指したいきさつを語るのですが、ココはいかにも興味の薄い感じです。
ダイアンがオンタリオ州出身で、地元のジルバ大会で優勝したこと、元女優でロスに住んでいた叔母が死んで遺産が入ったことが明かされます。
ダイアンとカミーラの出会いは「シルヴィア・ノース物語」のオーディションでした。
夢の中ではアダムがその監督でしたが、現実にはボブ・ルッカーが監督です。監督に「買ってもらえなくて」ダイアンはオーディションに落ち、カミーラが主役に抜擢されました。
ここでは軽く話していますが、ダイアンのボブ・ルッカーへの逆恨みは相当なものがあるようです。夢の中で、ボブ・ルッカーは「落ち目の三流監督」と呼ばれ、皆がベティの才能を絶賛する中一人だけそれに気づかない男にされています。
場違いなパーティーで、カミーラとアダムの幸せそうな様子を見せつけられ、ダイアンの心はだんだんと壊れていきます。
ダイアンのコーヒーカップは「SOS」と読める柄になっていますね。これは、助けを求めるダイアンの内心の悲鳴の現れでしょう。
ダイアンがこのカップで苦いコーヒーを飲んでいる時、ルイジ・カスティリアーニが睨むように彼女を見ています。
夢の中の世界でカスティリアーニが「どうしても美味いエスプレッソが飲めない」のは、この体験の反映でしょう。
カミーラに話しかけ、彼女とキスする女は、夢の中でカミーラ・ローズと呼ばれていたブロンドの女(メリッサ・ジョージ)です。彼女の現実での名前は分かりません。
彼女はカミーラの新しい愛人の一人ということになるのでしょう。ダイアンはカミーラの特別な相手ではなく、大勢の愛人の一人に過ぎない…あるいはもはや愛人でさえもない…ということが、突きつけられています。
ダイアンとカミーラの間に突然割って入ったこの「よく知らない女」は、夢の中では主演にゴリ押しされる「よく知らない女」として登場することになります。
ダイアンはカウボーイが通りかかるのも見ています。
この人は結局のところなんでもない、「ただカウボーイっぽい格好をしているだけのハリウッドの業界人の一人」なのでしょうが、一瞬だけ目にしたことでかえって、ダイアンの心象に深く焼き付けられたのかもしれません。
その時の最悪な精神状態の反映で、何か得体の知れない、怪物のような男に変換されて夢に登場してきたのでしょう。
アダムとカミーラが婚約を発表し、ダイアンの精神はどん底に落ちることになります。
カミーラとしては隠すよりも健全だと考えたのだろうし、堂々としていればダイアンも諦めて、友達として祝福してくれると考えたのかもしれません。
しかし、ダイアンの心はそれを受け止めるほどの強さは持っていなかったようです。
ウィンキースでの依頼
ダイアンはウィンキースでジョーに会い、カミーラ殺害を依頼します。
カミーラの宣材写真を渡して、「This is the girl」と告げる。
このフレーズは夢の中で、主演女優にカミーラ・ローズ(ブロンドの)をゴリ押しする言葉として何度も繰り返され、アダムに強制されることになります。
ジョーは青い鍵を見せて、「片付いたらこれを置く」と伝えます。
ダイアンが「何の鍵?」と聞くと、ジョーは「わかってるだろう」と言わんばかりに笑います。
コーヒーを注ぎにくるウェイトレスの名札は「ベティ」です。彼女は夢の中では「ダイアン」でした。
夢の世界でのダイアンの名前は、ここからの連想で決まったのでしょう。
レジの前には、夢の中で死んだ男ダンの姿も見られます。
札束と青い鍵の入ったバッグは、ダイアンがジョーに渡したものです。
夢の中でリタがそれを持っていたということは、リタ/カミーラはなんらかの方法で暗殺を逃げ延び、ジョーのバッグを奪って、逃げていた…ということになります。ジョーがドジな殺し屋であるという夢の中の設定に従えば、それも無理のない話になります。自分で殺害を依頼しておきながら、カミーラを生き延びさせるために、ダイアンはそんなストーリーを思い描いた訳です。
ここで取り返しのつかない依頼をしてしまったことで、ダイアンは後悔と現実逃避の迷宮に迷い込み、いよいよ完全に精神崩壊してしまいます。
ウィンキースのシーンの疑問点
ただ、ウィンキースのシーンは全体的にどうも怪しいところがあります。
まず第一に、「ウィンキースで殺し屋に殺人を依頼する」って、いくらなんでも用心がなさすぎるんじゃないでしょうか。
真っ昼間のファミレスみたいな店で、周りに客もいっぱい。もうちょっと、それにふさわしい場所がある気がします。
こんな感じで依頼して、果たして本当に殺し屋が仕事をやり遂げてくれるのか…というのも疑問です。
普通は、金だけ取って逃げるんじゃないでしょうか。騙された!って気づいても、ダイアンは警察に訴えたりできないのだから。
また、このシーンには例の茶色いコーヒーカップが登場しています。
これは夢の中のウィンキースで使われていたものと同じなのですが、それはダイアンが家で使っているのと同じマグカップです。
夢だから、家で普段使っているマグカップが出てきた…というのが解釈だったんですが、こうなると意味がわからなくなってしまいます。
可能性を考えるなら、金に困ったダイアンがウィンキースから盗んだとか、実はウェイトレスをやっていたことがあってその時にもらったとか、いくらでも想像はできますが。ただ、そうなると物語的にはあまり意味はないし、ヒントとして提示されるほど強調されている意味もわからなくなります。
あとは、金の出所ですね。
女優として成功してもいない、やさぐれた暮らしに落ちてしまっているダイアンが、どうやって殺しの報酬の大金を用意したのか。
「叔母の遺産が入った」ということをダイアンは語っているのだけど、それはこの時点でもまだこんなに残っているほど、潤沢なものだったのでしょうか…? もしそうなら、ダイアンはもうちょっとマシな暮らしができていそうです。
ダイアンは叔母の遺産のおかげでハリウッドに来て女優を目指すことができた訳ですが、それももう数年経っているはず。
遺産も使い尽くしてしまって、女優としても芽が出ず、どうにもならなくなってきた…という境遇の方が、リアルに感じられます。
金に関しては、「だからこそダイアンは売春で稼いだのだ」と考えることは可能です。
それにしても…有名な女優でもないダイアンが、そんなに大金を稼ぐことができるだろうか?というのはやはり疑問に感じます。
悪どく搾取され、逆に借金を背負わされたりして、がんじがらめにされていく…というのが闇社会の売春組織のイメージです。
そもそも、いくらアメリカと言ったって、そう簡単に「殺し屋に殺しを依頼」なんてことができるもんなのか。
鍵が置かれたのも考えてみれば謎で、殺し屋はどうやって鍵の入ったダイアンの部屋に入り、まったく気づかれずに鍵だけ置いていったのか。
コーヒーカップのヒントを素直に受け取れば、ウィンキースのシーンは後半も夢の中ということになります。
そう考えていくと、このウィンキースのシーンは現実ではなく、ダイアンの妄想なのではないか?という気がしてきます。
ダイアンは実は、「殺し屋にカミーラ殺害を依頼」なんてしていないんじゃないか。
何の鍵か聞かれてジョーが笑ったのは、まさに、それが「何の鍵でもない」からではないでしょうか。
元からダイアンの持ち物である、どこかの鍵。シエラ・ボニータの家の鍵かもしれない。
ダイアンは、自分でそれを知ってるはず。だからこそ、ダイアンの夢の中のジョーは笑ったのでしょう。
バッドエンド
青い鍵を見てダイアンが絶望したのは、それがカミーラの死を意味するからではなく。
それが、カミーラを殺そうとしたことは幼稚な妄想に過ぎなかったことを意味するから…ではないでしょうか。
実際、映画の中にカミーラが死んだと示すような描写は一切ないんですよね。
ダイアンは結局、何もできなかった。女優にもなれず、カミーラの愛も得られず、逆にカミーラを殺すことさえもできなかった。
そんな無力感がもたらす絶望。
小人バージョンのイレーヌとその夫は、ウィニペグにいるダイアンの両親なんだと思われますが。
女優になると信じ込んで、自信満々で故郷を出てきたダイアンにとってのいちばんの恐怖は、両親に失望され、嘲笑されることなのでしょう。
意地悪な悪鬼と化した両親に追い詰められ、ダイアンは引き出しに隠してあった拳銃を口に突っ込み、引き金を引きます…。
そんなふうに受け取ると、ダイアンの結末は更に悲劇的なバッドエンドになりますね。なおかつ、彼女は愛する者を殺す殺人者にはならなかったという受け取り方も…。
青い髪のレディ
ウィンキースの裏の黒い男(女?)、同じ金髪のウィッグをつけて笑うベティとリタ、無人のクラブ・シレンシオを経て、映画は2階席にいる青い髪のレディの「シレンシオ(お静かに)」の声で締めくくられます。
彼女は、ベティとリタがクラブ・シレンシオを訪れた夜にもいました。だから、彼女は夢の世界の住人です。
彼女はクラブ・シレンシオの支配人もしくはVIPのようです。
この劇場は、ダイアンを夢から醒めさせ、現実へ戻すポータルのような役割を担っていました。それはまた、不幸な境遇だったリタをスターであるカミーラに戻す役割でもあります。
そんなふうに、夢の中から現実に影響を及ぼし、現実を改変するための場所がこの劇場。その重鎮である彼女は、夢を司る女王のような存在であり、ということは現実も司る存在であると言えます。
デヴィッド・リンチの世界観の魅力として、現実と夢を明確に区別しない…というところがあります。
現実には価値があるけれど、夢は現実でないので価値がない…なんてことはない。
現実と夢は等価で、つながっていて、場合によっては入れ替えも可能であるような、そんな世界観です。
「インランド・エンパイア」や「ツイン・ピークス」など、この世界観が共通して貫いています。
そう考えると、前半は夢、後半は現実と対象的に割り切る見方というのも、ちょっと違うような気がしてきます。
本作の前半は確かにダイアンが見ている夢なのだろうけど、夢だからといって、何の実体もなく、影響力も持たない…なんてことはありません。
世界を裏で支配する謎の力や、他人の運命を捻じ曲げるカウボーイ、秘密のコールガール組織、「マジック」の行われる劇場といった存在も、なんらかの形の実在であって、人々の運命に影響を与えている。
クラブ・シレンシオを基準に考えれば、夢の世界こそが上位に位置していて、夢の世界の出来事が現実がどうなるかを決めていく。
そんな夢に支配された世界も想像できます。まさにリンチ的!ですね。
このブログ著者のホラー小説はこちら。