リバー、流れないでよ(2023 日本)

監督:山口淳太

脚本/原案:上田誠

製作:大槻貴宏

撮影:川越一成

編集:山口淳太

音楽:滝本晃司

主題歌:くるり「Smile」

出演:藤谷理子、永野宗典、角田貴志、酒井善史、諏訪雅、石田剛太、中川晴樹、土佐和成、鳥越裕貴、早織、久保史緒里、本上まなみ、近藤芳正

①絶対面白い映画!

冬の京都、貴船にある老舗料理旅館「ふじや」。仲居のミコト(藤谷理子)が川辺でたたずんでいます。いつもの仕事をこなしていると、突然川辺に戻っている自分に気づくミコト。なぜか2分間の時間ループに巻き込まれていることに、旅館の人々は気づいていきます…。

 

時々、理屈をいっさい忘れて、ただ無性に面白い映画があります。

それも、好みが別れるのではなくて、大抵の人が「うん、確かに面白い」と思える映画。

別に深い洞察とか、深読みの考察とか社会問題とか何もなくて、観終わったらみんなが「あ〜面白かった!」ってなって、いい気分で家に帰れる映画。

 

「バック・トゥ・ザ・フューチャー」とか、そうじゃないかと思うのですが。

そんな映画、今やってます。やってるところの少ない映画ですが、「ただ面白い映画が観たい!」という人は、超大作映画よりまずこれを観るべきじゃないかと思います!

 

京都貴船の旅館を舞台に、タイムループに巻き込まれて右往左往する人たちを描いたコメディです。

タイムループもの。最近よくあるネタではありますが。

今作でループするのは2分。すげー短いです。

同じ2分間が、90分弱の上映時間の中で何度も何度も何度も…繰り返されます。

 

製作はヨーロッパ企画。脚本は上田誠。主題歌はくるりです。

貴船のきれいな雪景色も楽しめます。

絶対に面白いので! 皆さん是非観てください!

 

②2分1カットがもたらす疾走感と連帯感

それぞれの2分はカットのない長回し、1カット

2分だからね。ほとんど何もできない。何かしようとしたらまた2分前に戻っちゃうのだけど。

とりあえずの対処とか、打ち合わせとか、戻っちゃう前の2分間にやらなくちゃいけないから、常にものすごく忙しい

2分ごとに「初期位置」に戻されるから、何をするにもまずは猛ダッシュで走って行かなくちゃならない。

だから、皆が常に動いていて、止まらない。停滞しないからダレない。

映画全体に、疾走感がもたらされています。

 

これ、編集なしで尺をピッタリ2分に合わせなくちゃならないわけだから。

役者さんたちも、常に全力疾走しないといけないわけですね。

ループに巻き込まれた劇中の人たちの気分と、役者さんたちの気分がシンクロする。

だから本当に、一体感、連帯感というか。

観客も「頑張れ!」という気持ちで、状況に巻き込まれていくのです。この辺「カメラを止めるな!」と共通するところでもありますね。

 

常に忙しく走り回る一方で、繰り返すわけなので。

「このターンは休もう」とかも入ってくる。とりあえず座って、一息ついて、動くのは次のループで…とかね。2分なのでそういうターンも出てくる余地がある。

時間ちょっと余ったら、「あ、もうすぐ消えるんで」とかね。

タイムループものが定着してるからこその、そういう遊びも面白さになっています。

③大寒波というアクシデントがもたらす「景色の高揚」

京都貴船の川沿いの川床もある料理旅館が舞台。ヨーロッパ企画でくるりで、本作は「京都映画」でもあります。

美しい冬の京都の景色が、存分に堪能できる楽しさもあります。

 

鞍馬・貴船は行ったことありますが、やはり独特の神域というか、確かに時間が少々おかしくなっても不思議ではないような。

独特の異世界感のある場所です。

映画はそこまで貴船の広い範囲を映しているわけではないのだけれど、異世界感は感じさせるものになっていますね。

あの、長い坂道の貴船神社も印象的です。その坂道を「2分以内に駆け上がる」という形で、上手く物語に生かしていますね。

 

本作の撮影時のは「史上最大の大寒波」が京都を襲ったそうで、それは撮影が数日に渡って中断し、映画の完成も一時は危ぶまれるような、そんな状況だったそうなのですが。

でもその結果、とても美しい貴船の雪景色が映画の中に出現しています。

 

同じ2分間が繰り返されてるはずなのに、雪が降ったり降ってなかったりするという。まったく雪がないところから始まって、いつの間にか大積雪状態になって、そしてまた雪のない状態に戻る。

これ、普通なら矛盾で、興ざめになるはずなんですよね。撮影の都合が透けて見えて、しらけてしまう。映画の致命的な欠点になるはずです。

でも、本作を観ると、まったく欠点になっていない。

 

繰り返しの中で雪がちらつくことを、「世界線が変わってきている」とサラッと説明しておいた上で。

クライマックスに入っていくところで、本格的な降雪風景になる。物語の高揚、登場人物の気持ちの高揚とシンクロする形で、雪景色が「景色の高揚」として働くんですね。

「異世界感」も最高に高まる。雪というアクシデントを、あえてクライマックスに合わせることで見事に「映画の高揚感」につなげることに成功しています。

これ、凄いと思います。大変な現場でこれをやり遂げたスタッフやキャストの方々、凄いです。

④そして登場人物たちの「気持ちの高揚」へ

雪がもたらす「景色の高揚」。

これで強調されるのが、登場人物たちの気持ちの思わぬ高揚です。

 

京都貴船の料理旅館という、奥まった山の中にあって、「長い歴史に裏打ちされた変わらぬサービスを提供する」という仕事。

そこでは「変わらないこと」が日常であって。

毎日が同じ営みの繰り返し。そこにこそ価値がある、という世界ですよね。

 

仲居であるミコトも、同じく仲居のチノも、番頭も、女将も、料理人も、みんな実直に、まじめに毎日変わらない同じ丁寧な仕事を繰り返している。

そのような料理旅館の日常というのが、そもそもタイムループみたいなものである。

旅館の裏を流れる川のようにね。川は流れていて常に変わっていっているはずなのだけど、見た目にはいつも同じにしか見えない。

 

その中で、料理人のタクだけが、フレンチの修行のためにフランスに行こうとしている…そこから抜け出て変化しようとしているわけですね。

タクと付き合っているミコトはそれが面白くないけれど、でも表面上は騒ぎ立てたりすることもなく。

変わらない日常を、ループのように生きているわけです。

 

そこに、異常事態がやってくる。

象徴的なループではなく、本当に時間が戻っちゃうタイムループに巻き込まれてしまう。

その混乱の中で、やがてだんだんミコトの本音が湧き出てきて。

タクも、隠していた気持ちを表に出して。

二人がなぜか大雪の中逃避行を始めるという、本作の可笑しくも切ないクライマックスに至るわけですね。

ループに巻き込まれることで、登場人物たちが逆にループから脱出していく。

 

だから本作は、登場人物が生きている。人々がただループという設定の中のコマになるのではなくて、それぞれの思いの爆発と、気持ちの変遷がちゃんと描かれていて、共感できるものになっています。

そして、人を描くということと、ループの設定がしっかりとリンクしている。

そこに「思わぬ雪景色」というアクシデントまでが見事に働いて、ミコトたちの気持ちの高まりを更に印象深くしているんですよね。

⑤映画館で86分の心地よい時間

ループという一発アイデアを中心にしたトリッキーな映画のようでいて、貴船の料理旅館という設定にも、登場人物の配置にもすべて意味があって。

SFアイデアと人間ドラマがしっかり結びついていて、天候のアクシデントさえも上手く生かして、映画的高揚を盛り上げていく。

意外な転調があって、皆が団結していく熱い展開があって、ゆるいオチで笑わせる。

 

86分という上映時間もちょうどいい。

ループが終わって映画も終わって、くるりの歌が流れる。そこまでの時間を含めて、気持ちいい時間を過ごすことができます。

派手なスペクタクルのない本作のような映画は、配信やテレビでも…と思うかもしれないけど。

やっぱり「時間」が重要なファクターになってる映画なので。

一時停止や速度の変更ができないことは、映画館の何よりの優越点だと思うんですよね。登場人物と一緒にループに巻き込まれる臨場感は、集中できる映画館で観てこそ!じゃないかと思います。

 

うん。日頃映画をあまり観ない人にこそ、観て欲しいな。拡大ロードショー希望です。

 

 

 

ヨーロッパ企画の映画、第1弾。

 

ヨーロッパ企画の「サマータイムマシン・ブルース」と「四畳半神話大系」が合体。

 

 

タイムループものインディー映画ではこれもあります。こちらは一週間単位でループ。

 

日本におけるタイムループものの元祖はこれでしょう。