Red Rocket(2021 アメリカ)
監督:ショーン・ベイカー
脚本:ショーン・ベイカー、クリス・バーゴッチ
製作:ショーン・ベイカー、アレックス・ココ、サマンサ・クァン、アレックス・サックス、ツォウ・シンチン
撮影:ドリュー・ダニエルズ
編集:ショーン・ベイカー
出演:サイモン・レックス、ブリー・エルロッド、スザンナ・サン
①社会の底辺に生きる人々の物語
ロサンゼルスでポルノ俳優をしていたマイキー(サイモン・レックス)は、一文なしになってテキサスで母と暮らす妻レクシー(ブリー・エルロッド)の元に帰ってきます。嫌がるレクシーを押し切って家に転がり込んだマイキーはマリファナを売ってどうにか金を稼ぎ、少しずつレクシーにも受け入れられていきますが、ドーナツショップで働くストロベリー(スザンナ・サン)に一目惚れ。彼女をポルノ女優にして、また一旗あげることを夢見始めます…。
「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」のショーン・ベイカー監督による作品。
大好きなんですよね、「フロリダ・プロジェクト」。
派手なディズニーワールドの裏にあるスラム団地で暮らす、生活力ゼロのシングルマザーとヤンチャな娘の物語。
いわゆるDQNというか、はた迷惑なヤンキー親子の話なんですけどね。少女の前向きな生きるパワーと母の娘への愛情に、心を動かされてしまうんですよね。
本当に最低な、どうしようもない暮らしぶりを描きつつ、最後には映画にしかできない奇跡のように美しいラストシーンが訪れます。
普通なら映画の主役にならないような、社会の底辺に生きる名もない人々の物語を描くのがショーン・ベイカー監督の映画です。
「フロリダ・プロジェクト」でも主人公のシングルマザーに抜擢されたのは演技未経験の素人でしたが、今回もレクシーの母リルを始め、地元テキサスの一般の人々がキャスティングされています。
映るのはうらぶれたテキサスの、遠景に工場がそびえる貧乏そうな風景ばかり。
スターは誰も出てなくて、派手な出来事も起こらない。ケチくさい登場人物がケチくさい行動を繰り返すだけ。
でもそれが不思議と惹きつけるし、ダメダメな主人公に感情移入させられちゃうんですよね。
「フロリダ・プロジェクト」に続いて、とても好きな映画でした!
②どこか思い当たってしまう情けなさ
本作の主人公マイキーは、どうしようもないクズ野郎。
調子よくて、ズルくて、人の信頼を裏切り、ワガママで自己中心的。
と言って大物のワルというわけでもなく、小物で、やることなすことケチくさく、バカ。
だから観ていても、バカだな〜って見下す感じで観ちゃうんですが。
でも、その小市民的なダメ男ぶりには、どこか自分にも思い当たるところが見えてくるんですよね。
失敗して懲りて、反省して、助けてくれる人のところへ転がり込んで、今度こそは真っ当になる!と誓うのだけど。
最初のうちは殊勝にしてるのだけど、じきに生活が落ち着いてくると、反省なんてなかったように調子に乗ってしまう。
喉元過ぎれば…って奴ですね。
近所の青年に先輩風を吹かせて、得意げに「ハリウッドでの大物ぶり」を語ったりする。
「ポルノ界のアカデミー賞」を何回も獲った、と誇らしげに語るのだけど。
ちょっと突っ込まれるとボロが出る。それって、出た人全員もらえるような、業界のお遊びみたいなもんでしかない。
でもそれしか誇れるものがないから、会う人みんなに得意げに語っちゃう。
自分のせいで大きな交通事故を起こしてしまって、その場から逃げて、バレるんじゃないか?とドキドキ、オドオドする。
大物みたいに振る舞ってたのに、そうなっちゃうと何も手につかなくて、ストロベリーにも会えなくなっちゃう。
これまた喉元過ぎればで、どうにか乗り切れるとわかると、またすぐ元の調子よさに戻っていく。
要は小物であり、どこまでも小市民であり、意志が弱くて流されやすい…ということなんだけど。
そういう恥ずかしい情けなさは、やっぱりどこか自分にも思い当たるところがあって。
バカだなあ…と笑いつつも、ちょっとぞっとしたりもするんですよね。
③ことごとく自分勝手、でも一生懸命ではある
マイキーはストロベリーを見出して、ロサンゼルスに連れてってデビューさせて第一線に返り咲く…と勢いづくのだけど。
やってることは未成年の少女にポルノの仕事をさせようとする…人買いやポン引きみたいなもんですからね。
そんなゲスな行動を、ハリウッドスターの夢みたいに、結構本気で語ってる。その有り様が滑稽でもあり、物悲しくもあって。
マイキーの行動は、「彼の中では」一応筋が通ってる。
マリファナで稼いで家には金を入れてるし。だから皿洗いとかしなくてOKだし。
ストロベリーを見出したから、ポルノ界に戻るのが筋ってもんだし。
レクシーだって何回か「満足させてやった」し。
そもそも歓迎されてなかったんだから、出て行くのも問題ないはず…だし。
マイキーのそんな理屈は、ことごとく自分勝手な言い分で。
本人は、それで誠実…とまでは言えないにせよ、結構上手くやってるつもりでいたりするんですよね。でもレクシーたちにとっては、的外れでしかない。
人の気持ちが汲めなくて、どうしようもなく人を傷つけてしまう。それが、マイキーの致命的な欠点ですね。
マイキーは女性に対する態度が本当にダメだし、自分を慕ってくれる若者に責任を押し付けて逃げちゃうところとか、同性から見ても擁護し難い。どうしようもないのだけど。
ただ、まあ、彼なりに一生懸命ではあるんですよね。
彼なりに人生をどうにかしようとして、身勝手ながらも夢を見て、そこに向かって頑張っている。
そこはやはり、自分と同じで。身につまされるし、共感するところもあるのです。
④「人間が描けている」ということ
たぶんマイキーみたいな人が実際に近くにいたら、ウザいし迷惑だし。
最初のうちは面白いかもだけど、底は浅いし、裏切るしね。
じきに嫌いになって、遠ざかるだろうと思います。
そういうはた迷惑な人のストーリーを、一定の共感を感じさせつつ面白く見せる。
そこはやはり映画ならではだし、語り口の上手さですね。
ショーン・ベイカーの映画を観ていて思うのは、映画を観ていて面白かったり、感動させられてしまうのは、登場人物が正しいかどうかとか、賢明であるかどうかには関係ないのだということ。
描かれる人物がいかに汚くても、バカでも、その有り様が自然であって、心の動きに応じた行動を取っていれば、それは極めてリアルに、生き生きとして感じられるし。
そんな人間が描かれていれば、どうしようもないクズであっても、やっぱりちょっと応援してしまう。感情移入して見守ってしまうということなんですよね。
そして、そんなふうに生き生きと描かれたならば、自分からはずっと遠い存在であるはずの、テキサスのクズのポルノ俳優の話であっても、どこか自分のことのように感じられる。
思わず心を突かれてしまう、普遍的な話になっていく…ということです。
⑤そして鮮やかなラスト!
ラストの幕切れも鮮やかでした。スパッと、気持ちのいい幕の落とし方。
何もかも失って家を放り出され、歩いてストロベリーの家までたどり着いたマイキーが見る、白昼夢。
荒んだ土地に、おもちゃみたいなピンクの家が建っててね。
ビキニを着た子供みたいなストロベリーが、エロチックに身をくねらせて踊る。
どこまでも幼稚で安っぽい、ニセモノくさい、マイキーにお似合いの美しい夢。
すごくシニカルで。でも同時に、映画としては鮮やかで。
そして人生は続く。そこにはまだ何か希望がありそうでもあるし、同時にどこにも行かないどん詰まりにも見える。
映画の終わりの先に続くものを考えさせ、多層的な解釈ができる、とても気持ち悪くて、気持ちいいラストシーン。鮮やかでした!
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